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    <title>正朔ー舞踏　SEISAKU-BUTOH DANCE</title>
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    <description>舞踏馬鹿の独り言</description>
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    <title>舞踏馬鹿の独り言　ⅩⅡ</title>
    <description>舞踏馬鹿の独り言　ⅩⅡ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔
　　　　ご挨拶、思い出の言葉と最後の稽古の言葉など　　　　　（「」内は土方先生の言葉です）

　去る２月８日DanceMedium公演『帰ル』再演の二日目の準備を...</description>
    <content:encoded><![CDATA[舞踏馬鹿の独り言　ⅩⅡ<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔<br />
　　　　ご挨拶、思い出の言葉と最後の稽古の言葉など　　　　　（「」内は土方先生の言葉です）<br />
<br />
　去る２月８日DanceMedium公演『帰ル』再演の二日目の準備をしている最中ロビーに出ると４０年ぶりの大雪で外は雪と風が荒れ狂い、まるで北国の様でした。すぐに先生からのプレゼントだなと思いました。<br />
「普通じゃ駄目だろう」<br />
良い踊りが踊れるようにとプレゼントしてくれたんだなと思いました。あまりのキャンセルにお客様より出演者の方が多いのではと思いましたが、開演してみると昼も夜も予想以上の多くのお客様においで頂き、これほど感謝の思いで胸の詰まる公演はありませんでした。いらして頂いたお客様、本当に有難うございました。<br />
　この舞踏馬鹿の独り言はこれで二年になりますが今回で休ませて頂きます。今後又書く事が有るとすれば、より具体的な事を書いていく必要があり、その方向、方法に対して判断つきかねる事が多くあるからです、言葉という物は恐ろしい物だという事です。この二年間書いた物を読んでみると、たった一つの事だけを言い続けていたんだなと思いました。意識と体の関係性を変える為に、本気で空っぽの体になる事、一分一厘残さず観念や感情を体から追い出す事、そして少なくとも踊りの最中には二度と入れない事、そうして初めて空の体になった時、様々な要素が出入りでき、体は敏感に作動出来るようになります。意識や感情が無くなるわけではなく、体との関係性が変わるだけなんですが、舞踏とはそこからしか始まらないと教えられ続けました。為すのでは無く、為される体になる。<br />
　舞踏の採集といっても色々な方法が有りますが、その周辺の言葉をいくつか見つけてみました。<br />
「私は稽古場に鏡を置きません、一つも無いでしょう、この壁をじっと見つめるんです、そうすると自分自身の姿がありありと映ってくる、鏡なんて必要無いんです」<br />
「壁を撫でていると平面じゃない、毎日違うんです。それをこうして擦っていると何故かアーンと泣いてしまうんですね、摩擦によって感情が発生するんです、壁をずーっと撫でながら泣いている人がいるんです」<br />
「踊りなんて何にでも習えるんです、自然の物を特にこういう風に指で潰すと、ポロポロカサカサする物が特に良いですね」<br />
「アスベスト館の二階で手首を剃刀で切って、一階の稽古場の床にその血の雫が滴り落ちる音を耳を澄まして聞く様になってしまいますよ」<br />
「トイレでの採集は良い、たくさん出来る」<br />
「風呂に手間取る、半日かけて全身を洗えない、色々な採集が出来る、まるで何か大変な事をしてしまった様に終わった後、階段を這いつくばる様にして帰る」<br />
「現実ほど面白いものはない、普通の生活の些細な行動を執拗に採集する、ぶれる、脱臼など、子供、幼児、病人、老人など」<br />
「技術より、その技術が何処から出て来るのかを、何処から声が発しているのかを採集する」<br />
　舞踏における普遍性に関わる言葉を少し、<br />
「舞踏は舞台と生活を画期的に結びつけた」<br />
「舞踏は生活そのままでは無く、生活の謎を解く方法」<br />
東北歌舞伎計画のリハーサルの時、客席に凍りついた様に立ち尽くす掃除のおばさんがいました、声をかけると<br />
『私は芸術なんて何も分からない、でもこの人達が素晴らしい事だけは私にでも分かる』<br />
と興奮して叫びました。この時の恐ろしいまでの形相は、今でも私の表現への裏切ってはいけない指針の一つです。<br />
「おかしな事をしている様ですが（舞踏表現）この方がずーっと本当の事でしょう」<br />
先日の『帰ル』を見に来てくれた友人が<br />
『舞踏は、ずっと分かりにくいものだと思っていた、でも今回の公演を見て、ここにいる様々な分からない物達が、全て自分の中に既にどれも有る物だと気付いたんだ、無理に分かろうとしなければ、全て体感出来た』<br />
と言ってくれました。一般の方々と共有する普遍性の問題はけして安直に扱うものではない重要な問題だと思います。<br />
　合田成男さんと二人で話しをした時、ある舞踏への願いを語られました。<br />
『土方はどう思ってたんだろう』<br />
同じ事を先生も言ってましたよと言うと<br />
『私は嬉しくて涙が出そうだ』<br />
とおっしゃった言葉<br />
「卑俗な物が高貴な物と一緒になれないか、まだ舞踏で解決されてはいない」<br />
先生の最後のワークショップの言葉です、合田さんとも４年くらい前の事です、全く解決など。<br />
　先生との日常の話をいくつか書いてみます。ワークショップが終わると最後に暗転の中歩行し続けるのが慣例でした。歩行が終わると先生が既に居なくなっている日があります。そうで無い日は私達が更衣室で着替えていると外がやけに騒がしく、<br />
「早くしなさい、出てきちゃうじゃないか」<br />
と声がして出て行くと茣蓙が敷かれ酒が置かれていて<br />
「まーっ、少しお酒も有る事だし、少し呑んでいかないかね」<br />
そうした日は帰れないのですが、この差は後で知りました。先生の居ない日は暗転の内に二階に去り、しゃがみこみ頭を抱え、今日は駄目だったと悶絶していたそうです。どれだけ必死に私達に関わっていて下さったのか、上手くいけばどれほど喜んで下さったのか涙が出てしまいます。<br />
「けち臭い奴に舞踏が出来るか」<br />
先生は何でも人にあげてしまいます、形見分けに服を調べたら、いつも着ていた大島紬一着とシルクのスーツ一着しか無く、他はみんな上げてしまっていました、私の形見分けはパジャマの上着です、何処かにパジャマのズボンの人もいるんだろうなと思いました。<br />
　稽古場にみんなで泊まると朝は「ビール買って来い」とビールです。先生は座を盛り上げる様に話し続けます、そうした折に<br />
「あいつは狂ってる、気狂いだ、気狂いだ」<br />
と大笑いされた事は何故か嬉しく覚えています。そうした中に第二の師匠が上がって来て、『あんた達いつまでいるの』と怒られ、まずいなと緊張が走り、先生がトイレに入った時に（いると帰してくれないので）一斉に立ち上がると、先生がトイレから飛び出してきて「お前ら、そんな事するもんじゃない」と怒鳴り、皆が座るのを確かめてから又トイレに飛び込んでいったのは懐かしい思い出です。<br />
　公演活動も始まり、厳しく細かく決められた振り付け演出、しかもそれはどんどん変わり続けます。シーンの中での不都合は当然起こりますが、出演者はその世界を守らなければいけません。リハーサルですがある踊り手が振り付けだけでは間がもたず踊れなくなってしまった時<br />
「言われなきゃやらないのか、お前は一生人に言われなきゃ何もやらないのか」<br />
と怒鳴られその子は泣き出してしまいました、すると先生は声を落ち着け<br />
「舞踏家は細い神経を持たなければいけません、しかし、それを支える強靭な神経も持たなければいけないんです」<br />
その公演の後、先生と二人きりで酒を呑みました、上機嫌の先生は突然私の方に身を乗り出し<br />
「オイッ踊れ、踊るんだ。踊るしかないじゃないか、踊れよ、踊るんだ。現にお前こうしてここで踊っているじゃないか、踊れ、踊れ、踊るんだ」<br />
何を言っているか分からず困惑している私の顔を肴に嬉しそうに先生は酒を呑んでいました。その日の私のわずかなソロパートをとても喜んで下さっていた事を後で人づてに聞いたのですが、このエネルギーの注入の様な言葉の連呼が先生亡き後の苦しい時代をどれ程救ってくれたことでしょう、これは私だけにでは無く、先生の踊る者みんなへのエネルギーのプレゼントだと思っています。<br />
　『親しみの奥の手』というアスベスト館での公演が有り、打ち上げで二階は著名人の方でいっぱいになり、女の子達は料理接待で忙しく、若手の男達は一階の舞台周辺で酒を呑んでいました、宮川正臣が<br />
『ねーっ、照明も音響も舞台も有るんだから踊らない』<br />
と言い出し踊りはじめました、銭湯から帰って来た第二の師匠は見事な孔雀を踊って行き、和栗さんが降りてきて牛を踊ってくれ、盛り上がってきて私とえーりじゅんが全裸でデュオを踊っていると突然誰かが『アッ』と叫び、振り返るとわずか幅10センチの柱に必死に体を細く隠して先生が見ていました。見つけられた先生は何故か気まずそうで<br />
「いやっ、ここはみんなの為の舞台だから自由に踊って下さい」<br />
とスーッと上がっていってしまいました。こんな私達からも先生は何か採集していたのでしょうか。<br />
　夏も過ぎた頃から少しづつ先生の体調がすぐれないのは伝わってきましたがワークショップは１１月まで続けられました。東北歌舞伎計画四に向け稽古をするのですが先生の健康状態はしだいに悪くなり、それでも公演の準備は進みます。用事が有り二階に上がると、先生がソファーに全身から綿の粉を噴出しきった後の様に力無く横たわっています。<br />
『先生、大丈夫ですか』と聞くと、<br />
「うんっ」と頷かれ、<br />
「踊りは大丈夫？」とかすれたような声で聞かれました。今思えば公演の準備の進み具合を聞きたかったのかもしれませんが、私は自分の踊りしか考えていず、<br />
『ちゃんと踊れるか自信がないんです』<br />
と答えると、うっすらと笑い<br />
「大丈夫、大丈夫ですよ、ちゃんと踊れます、ちゃんと踊れますよ、大丈夫」<br />
先生が一番苦しいのに、優しく励ましてくれました。<br />
　幾日かが過ぎ、若手の男だけの最後の稽古が有りました、その日の先生の言葉とそれから四年後の思いを、江古田文学１９９０年１７号『土方巽・舞踏』に寄稿しましたが、その抜粋をここに載せさせていただきます。<br />
『東北歌舞伎計画四の稽古が始まり、土方先生の健康状態が普通でない事は自然に伝わってきて日々の緊張感は張り詰め、男子最後の稽古の日、それまで腰掛けていた先生が急に立ち上がり「女の曲線は綺麗ですよ、男なんて誰も見てくれません、じゃ男は何で見せるか、形を見せるんじゃない、見えない物を見せるからあれは何だと見えてくるんです。手など普段はただの尻尾のようなものでしょ、ただぶら下がってるだけでしょ、でも舞台の上で動く時、初めて手は手として誕生するんです。大きく暴れるんじゃなく、ほんの僅か静かな肉体が小指の先を立てる事により世界は爆発するんです。全ては体の内側にあるんで外部に頼って暴れても何も得られないんです。表現しようとするのではなく、じっと内部を辿るんです。<br />
　自分にボーッと取りつかれても駄目、感覚馬鹿（何かというとすぐ感覚感覚と言う人）も駄目、すぐイメージや偶然に頼りたがる。棚から牡丹餅落ちてくるの待ってたってね、落ちてこないんですよ。偶然なんて待っているんじゃなく、首根っこ捕まえてこっちに連れてくるんですよ。白目を剥いて黙って動かない奴がいます、そんな奴は形を真似ているにすぎません、ただ時間が経つのを待っているんです、偶然を待っているんです、その証拠にすぐ暴れだす。今の舞踏家はすぐに出鱈目に踊ろうとする。出鱈目、出鱈目こそ舞踏の母体です、理想です。でもそれは神の天地創造と同じで誰も見た事の無い事なんだ。出鱈目を踊るといって即興だと言っている奴、そんな事は遠くから蟻の動く軌跡を長時間映していると同じ軌跡しか動かないように同じ動きを辿っているに過ぎない、即興は単なる必然の一つにすぎない。即興が大事なのではなく、即興性が大事なんです。真の出鱈目とは命が誕生する、正に光が差され、産まれ出でた時に初めて為される動き、それこそが真に出鱈目の姿であり、舞踏の理想の姿なんです。私が布団の上で苦労して作り上げた形の形だけをみんな盗んでいきます。誰が特許料を呉れます。みんな不真面目です。舞踏を行うのに真に必要なのは、内部の世界へ入っていき、そこに身を置き続ける勇気と偏執的にそこで採集する性質と、そういった事を組み立て練磨していく知性です」<br />
　話し終えた先生は二階へと去り、変わりに第二の師匠が階下へと降りてきて<br />
『先生の入院が決まりました』と告げました。<br />
　私はじめ土方巽の最後の弟子である私達は真に舞踏体でありたいと渇望します。空っぽになった肉体が為すのではなく、それでも足りないので為されるから踊る、肉体の細部に厳密であり、人類の古代から未来への歴史、風土を身に帯び、命や存在など人々の普遍性の世界に身を沈めていく。<br />
　振り付けというと形のみの継承ではないかと疑われたり、舞踏が伝統芸能化していくのではと危惧される方もいるかもしれません。しかし私達の舞踏メソッドが行おうとしているのは、形が生まれ出る時の一回性の必然性を決して衰えさせず再現可能にしようとする事です。内部の荒野に身を晒すという事は思いつきや思い込みによる自己表現の世界で充足する事では無く、天地の森羅万象に体を開く事です。そこから生れ出される形を採集し、再現可能な舞踏体が時間を掛けてあるいは瞬時に形付けられていく。舞踏に於ける即興性は我を出して逃げ回る事ではなく、過敏に揺れる花一輪が運命に腹を括り、荒野に身を投げ出し晒す、その決意の連続する瞬間にのみあるのではないでしょうか。<br />
　追伸、舞踏にとって日常こそ大切だと言われますが、日常の中の舞踏性を発見する事が大事なのであって、人間性そのままを持ち込む事は舞踏性を見失う原因にこそなれ、何の益も無い事です。日常性という舞踏に私怨、我欲、自己陶酔、他にも凡そ舞踏とは関わりの無い様々な要素が入り込んで来ているように思えてなりません。<br />
「舞踏とは今ここから生れてゆくものなのですよ」<br />
その言葉を信じ日々生きていこうと思います』<br />
今から２４年前に書いた文章です。<br />
　葬儀は嵐のように様々な事が起こり、私達一番下の弟子は受付や雑務に走り回り、焼香すらやっとの事でした、その後の宴会の用意の為、火葬場にも行けません。先生の棺が担ぎ出されます。ずっと遠巻きにしか先生の体に近寄れなくて、もう先生の体が無くなってしまうと思った瞬間<br />
『私にも担がせてください』<br />
と叫びながら駆け寄ると、中村文昭さんが<br />
『オオーッ、担げっ』<br />
一番前を空けてくれ、霊柩車までのわずかな時間、先生の体の重みを感じさせて頂きました。葬儀の後も様々な雑務や偲ぶ会など忙しい日々が続きましたが、最後に踏天寮生（ワークショップの生徒）が内輪で踊りを捧げる会を催しました。大森政秀さんや武内靖彦さんも自分もそうだろうと言って来てくださりました。その翌日、アスベスト館を後にすると、激しい喧騒から突然何の予定も何も無い世界に放り出された思いがし、真島大栄と斉藤吉彦と三人あても無く歩き続けました。真島が<br />
『オオーッ、花見でも行くか』<br />
と言い出し、季節は激しく桜が舞い落ちる時期になっていました。何も話さず何時間も何時間も散る桜の中で呆けきり、何処にも居ないものになっていたように思えます。葬儀の最後の挨拶で和栗さんが言った<br />
『人生で最高に素敵な人でした』<br />
という言葉がグルグル回っています。<br />
その背後の空から切れ切れの先生の優しい声が花びらの様に舞い降りてきました。<br />
「俺が死んだら墓に石は置かずに梨の木を植えるから、お前その実を食ってくれよ」<br />
「純粋だねっ、純粋だねっ」 <br />
「こいつは俺の顔の神経が一本動くと俺が何を言いたいのか全部分かっちゃうんだよ」<br />
「俺は墓の中に電話線繋がせるんです、それでみんなに電話かけまくるんです」<br />
「今うちの稽古場には、息子が二人いるんです」<br />
「あいつは本物だよ」<br />
「人間はね、残念ながら死ねないんですよ」<br />
「オイッ、火の玉、どうした」<br />
　<br />
　]]></content:encoded>
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    <title>舞踏馬鹿の独り言　ⅩⅠ    </title>
    <description>
舞踏馬鹿の独り言　ⅩⅠ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔

　　　　　　　ご挨拶と最後のワークショップでの言葉を中心に
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　「　」内は土方先生の言葉...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<br />
舞踏馬鹿の独り言　ⅩⅠ<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔<br />
<br />
　　　　　　　ご挨拶と最後のワークショップでの言葉を中心に<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　「　」内は土方先生の言葉です　）<br />
<br />
　舞踏馬鹿の独り言の連載も次回でちょうど二年になります。秦さんから連載のお話しを頂いた際に二年は書いて欲しいとの事だった事と、書けば書くほど書かねばならない事の深度が深まり、広さも増していくにつけ、先生から直接頂いた言葉によるコラージュとしての形態で、肉体としての言語を使い、踊りとしての文章を書くというスピード感、正確さを守るという責務に対して誤解を招きかねない文章（言葉が先生のままでも）が有ってはならないという思いがつのり、もう一度資料をよく見直す時間がしばらく頂きたく、次回でお休みさせていただきます。長い間、私のような者の書く（実質的には先生の言葉の引用なのですが）お読み頂き有り難うございました。たまたま私が先生の教えを受けた時期ワークショップが非常に多く、始まりは先生の言葉からいつも始まりました。受講中にも先生が「私は本来、体に直接教えるのですが、今回はやむをえず言葉を多用します」と言われ、原稿用紙に書かれた言葉を浴びせかける様に踊る様に語って下さった事と、お話しを聞かせて頂く事がかなり多かった事、そして私が筆記する習慣が有り、何故か最初から技術的な事とこうした言葉を分けて書く癖が有り、それを三十年何度も読み返し、白桃房の十年第二の師匠による繰り返された検証により深く脳裏に刻まれました。私にしても先生のおっしゃるように、具体的に体に接する事によってしか、その細部はお伝えできませんが、これらの言葉を公開できた事は至福の至りです。思えば秦さんに通信に書かないかと言われた時、私ごときがと思い何年か過ぎ、2011年三上賀代さん主宰のとりふね舞踏舎夏期集中ワークショップに講師として呼ばれた時、やはりいらしていた合田成男さんと二人だけで長く話しをし<br />
『君みたいにね、実際土方の現場で踊っていた人間が、もっとみんなに話さなければいけないんだ、黙ってちゃ駄目なんだ』<br />
と言われ、その後秦さんから又お誘いを受け、書かせていただく事になりました。秦さん、合田さん、三上さん、そして読んで頂いた皆さん有り難うございました。今後もう一度資料をよく見直し、視界を大きく拡げ舞踏への思いを書ける機会が有ればと思います。私の今まで書いた文章は江古田文学の土方巽追悼の文章以外全てブログに載せていますのでご興味の有る方はそちらもご覧下さい。<br />
　今回は中期も有りますが、最後の集中ワークショップ（１１月後半）を中心に技術と肉体の関わり様、これは技術の否定では無く、技術礼賛の否定です、同じく、技術否定礼賛の否定でもあります。体を活性化するメカニズム、体の内外の問題、肉体における距離の測定、また位置の確認そして何処へ向かうのか、こうした事をワークショップでは具体的に体で行う事で進められました。<br />
「体を過酷に扱う事によって、体を活性化する」<br />
「テーマを拡げ過ぎるな、二つか三つを丹念に繰り返せば、めくるめく様な世界が作れる」<br />
「何処を強調するかしっかりとらえる、ただ技術を追っかけない」「技術が再生するのは可視的でなければならない、単なる技術は役に立たない」<br />
「思いにただふけってはいけない、しっかりと何をしているか認知する」<br />
「エクスタシーはそうとう下品」<br />
「歩行というものがどういきるかというのは、その人の活性化、でないと単なる構成上の魔術師になってしまう」<br />
「技術修得ではなく、覚えた事をいかに早く忘れるかを修得する」<br />
「好きな事にばかり熱中せず、嫌な事に熱中すると魅惑的な世界が拡がる」<br />
「たくさん覚えると能力が潰される」<br />
「身振り手振りで説明する事はない、手や体に見つめ直されてしまう」<br />
「訳の分からないものを（生命とか霊とか）丹念に取り上げてみる」<br />
「見慣れぬ物に付きあっていないと、単なるオブジェ化してしまったり、組織化された物になってしまう。嫌な物に熱中する様にしてみる、ぐったりとした音響楽」<br />
「恐怖さえ有れば踊れる。表現するのは止め、客観的に見る。舞踏家は恐怖心を沢山持っていなければ」<br />
「恐怖という物を外在化する事が出来るはずだ、鬼の面、物質化出来る」<br />
「物の崩壊、蓄える事の空しさを知っている。破壊する側が舞踏、何を破壊するか、まず自分から」<br />
「霊的な物の見方、普通の物の見方は教えられた世界」<br />
「夢を見た状態ではなく夢の中へ」<br />
「破壊の総和の為に」<br />
「もう一つの時間、分かりにくい曖昧な辺境ぎりぎりを歩く」<br />
「物質の生命にピタッと寄り添う女性が綺麗だ」<br />
「疲れとか疲労に近い所に煙が有る」<br />
「技術より何処から声が発しているのか、その技術が何処から出て来るのかを採集する」<br />
「前後とか左右とかいう事からまず一歩退いた方が良い」<br />
「道とは方法、体が滅びていく時初めて見えてくる。こちらからあちらに彷徨う、あちらからこちらに彷徨いこむ、こちらとあちらは一つの物」<br />
「踊る者と見る者との間で何かが禁止される。それを犯す喜び、このままじゃ自滅してしまう、自滅すれば良い、そこから始まる、曖昧になってしまう、曖昧さこそ母体、曖昧さを抱いてやる」<br />
「私にとって東北とは私の肉体なのだ、土俗とは何処にだって根付く、自分の生きている所を大事にした方が良い」<br />
「観念とは遠い所にいた方が良い」<br />
「自分の中に異国を感じる、私の中の旅、内側で外側を包む」「柔らかい手が私を抑圧してくる、舞踏がまずく合理化されていく」<br />
「人間の形態から遠く離れて、ある奇妙な原型への旅」<br />
「まず自分が汚れる事、そして観客の汚れ全てを引き受ける事、存在に揺さぶられた世界、アルトー、ニジンスキー」<br />
「私とは一個の汚れ物である、更に汚れを怪物的に育てる事へ」<br />
「兎、自分自身を聞いている」<br />
「カオスをそのまま置かず変質させる」<br />
「存在が複雑骨折している、何も成り立ち不可能」<br />
「見えない衝突に常にさいなまれている」<br />
「世の中が荒廃していくのを喜んでいる、生き生きしてくるから」「イメージとは一個の牢獄にすぎない」<br />
「生の波動に密接な物を作れ」<br />
「空間は退屈している、そこに私達が輸血してあげる、そうすると逆に輸血される、錯乱」<br />
「全て自分で決めなければならない、触ってくれるな」<br />
「イメージの介在出来ない所に追いやる」<br />
「あらゆる限りの無知と悲惨を現出する」<br />
「体の中は様々に皮膚が有り区切っている、隔てている物は何なのか、薄いので破れる、皮膚は破れる一過程にすぎない。皮膚の内側に自分を閉じたまま和解しようとする。本当は破れたいのに、舞踏は破れていきたい、熱い忍耐で武装して街々（体内）に出て行くのだ」<br />
「あるメソッドなどを分析していく、その中に少量の観念が入っていると、そういう所には有機的な物は貫通していかない」<br />
「舞踏は酵母の様な物になり、内部から孵化していく、酵母の様に現実に接触していく、欧米人が見て、今まで持っていた身体が溶けていく、入っていくという事」<br />
「イメージとこちら側をぶらしていく」<br />
「自分達が徹底して不自由な所に落ちていくと二人の人間は和解できる、溶けられる」<br />
「空間が凝固して爆発的に固まった顔」<br />
「人間にはグロテスクな部分は一つも無い、有るとしたら時間」「無際限な空間を求めているが、あまり拡がると届かなくなり泣いてしまう」<br />
「限界ギリギリまで接近すると、範囲を超えた所が見えて来る」「歪められた、ぶれた距離の測定、距離を歪めてみる、ぶらしてみる、そうして初めて見える物が有る」<br />
「希薄な展開、どこまで希薄になれるか」<br />
「薄い揺れが空気に混じって、そこに肉体の衣装もしまってしまいなさい」<br />
「感情、そんな物は対象によって起こされた単なる一種のエネルギーじゃないのか」<br />
「登山家が絶壁を登る時、ふっと見上げると巨大な物の一部にしがみついている、私達は巨大な円の中心から遠い所に居ると気付き始める、確かにそこに居るけど、巨大な物の一部、遠い所の木霊であると感じ始める、遠い所から離れている自分の位置に気付く、中心の中に入っていきたいと思ってもそういう意思から離れなきゃならない。遠くに退いていく時に原寸大のフォルムを見る事が出来る」<br />
「ラスコーの模写は模写では無い、飢えと狩りの要請に導かれた、予習であり復習である」<br />
「場所として人体を見る」<br />
「生は死の中まで生き延びて、植物の中を生きている、内でも外でも無い、道の始まる所、交わる所が無いと活性化しない」<br />
「仮面は光、今の光はほとんど夜、夜から仮面を剥ぎ取らなければならない」<br />
「生と死は相対する物では無く、一本の草の双子の花だ、生の礼賛はそれが真に深く正しければ死の礼賛だ、死を否定する文明は生を否定する」<br />
「時として二つの波、それは身体、時として二つの石、それは身体（オクタビオ・パス）」<br />
「面白い事は腹いっぱいになり終わるが、嫌な事に固執すると延々と魅惑的な世界が続く」<br />
「無知と悲惨に美はかなわない、感情などから完全に離れている」<br />
「死、完全なる拒絶、死は死に続ける」<br />
　何度も読んでいますがこの最後のワークショップの言葉の力は恐ろしい力を感じます、実践した踊りの稽古も今でも謎を含む私の宝です。最後に中期の頃の言葉ですが先生の立居地を示す大好きな言葉です。<br />
　「踊りの究極は鐘の音、ボーン（実際に鳴らす）全て均一に鳴り響く、水晶の中で金の鈴を鳴らす、（実際に鳴らす）寂滅の境地ですね、これらは天上界の踊り、でも、舞踏は生活、現実から離れられない、人間が光だから」<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2014-04-17T16:11:42+09:00</dc:date>
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    <title>舞踏馬鹿の独り言Ⅹ</title>
    <description>舞踏馬鹿の独り言Ⅹ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔
　　　　舞踏の潜む場所
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　「」内は土方先生の言葉です　）

　私事ですが一昨年の震災後の９月に行ったDance Mediu...</description>
    <content:encoded><![CDATA[舞踏馬鹿の独り言Ⅹ<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔<br />
　　　　舞踏の潜む場所<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　「」内は土方先生の言葉です　）<br />
<br />
　私事ですが一昨年の震災後の９月に行ったDance Medium公演「帰ル」の再演が来年２月、シアターⅩで行われる事が決まりました。この作品は昨年４月長岡ゆりと共に舞踊批評家協会賞を頂いた作品です。この作品を作る動機を産んだ状況は現在もなんら変わらないままである事、多くの人達に伝えたかった事が限られたお客様にしか見ていただけなかった事を残念に思い再演を望み続けていましたが、これだけ時間がかかってしまいました。当時どこにも掲載しませんでしたが、作品作りへの思いを書き記した文章をここに載せます。<br />
　『　「帰ル」　<br />
　人は苦境に追い込まれた時現実よりもその不安に苛まれ、自らその窓を塞ぎその魂を崩壊させていく事を何度も体験しました。しかし、これが集団となると、その枝葉は絡まり合い加速度的にその強度深さを増し、窓を開けようにも開けられず集団で奈落の底に落ちていく事になりかねません。3・11の震災、原発の問題の後、世界不況も絡み合った閉塞感。それぞれが自らの足で生きるという方向へ踏み出す事を強く提示しなければ崩壊への方向へ人々が穂先を向けかねないのではという危機感からこの作品を作りました。歴史を振り返り見れば、天災人災の繰り返しです。人の一生においても生老病死愛別離苦、平坦な生涯の方など有り得ないでしょう。私の師、土方巽は言いました<br />
「原爆、そんなもん毎日落ちているじゃないか」<br />
命がこの世に置かれるという事は生死、聖邪、喜びと苦しみなど様々な相対立した要素の混濁した中に立たなければいけません。一つの極の側に立つ事など有り得ないし、そう思い込んだとしても、それは一面的な見方にしかすぎません。今回起きた事が特別な事では無く、生きるという事がそもそもどういう物なのかを極端に露呈された事件だと思っています。舞踏家の使命として舞台上において、この世という現実に体を開き自分達が存在しているその地点から生きるという誠実な一歩を歩む事により、ご覧頂いたお客様へ、より生きる事への共振がお伝えできればと願っています。<br />
　　「帰ル」、何処へ、それは命が生まれでた所かもしれません、それは至るべき未来かもしれません、それは存在に根差したこの生きようとして一歩踏み出すこの瞬間かもしれません。帰ルべき所へ。人間はけして独りぼっちにはなれないんです。生きとし生ける者の命は全て祝福されているんです。生きとし生ける者達と共に、私達の命を支えてくれた今は亡き人達と共に、これから生まれ出るであろう者達と共に、帰りましょう、生命の肯定へ。死や崩壊すら再生への始まりなんです。』<br />
　私はこの舞踏馬鹿の独り言においては極力舞踏譜や踊りの技法的な事に触れず、むしろそれらが生まれ出てくる部分において語るようにと心がけています。いずれ近くそうした事についても書き記す必要 も有ると思います、それらには具体的な先生の物事への触れ方が秘められていますから。しかし現段階においては分量の多さと、やはり体に触れる事と同時に行わなければ誤解を招きかねない事、読む方の領域を狭める可能性が有る事を恐れたからです。そうした事は望む人にのみ提示できるよう準備をしなければと思っています。今回は舞踏の潜む場所のいくつかの事に触れられればと思います。<br />
　佐藤健さんとのインタビューで舞踏の稽古について、まさに先生だなという文章を見つけました。<br />
「他の舞踊の場合、ある均一な方法論を外側から運動として与える、それに飼いならすわけです。そうじゃなくて私のは、はぐれている自分を熟視させる、逆なんですね、酷い事も言いますよ。やれって言った事はやるなって言っている事だと分からないのか、それでやれって言ってる意味が俺はやるなって言ってるんだよ、でもやるなって言ってる事を信じるな」<br />
先生は体がある意味に収まってしまう事を嫌っていました。しかしただ無意味という事を目的にするのではなく、間という事を大事にされていたと思うのです。『形とは命に追いすがってくるもの』と言う大野先生の言葉に対し「命は形に追いすがらなければならない」と返す、この二つの言葉の間に生まれる世界。<br />
「間とは関係の場です、間の付いた言葉をよく読むと面白いですね、間抜け、間違い、間が悪い、でも一番良いのは間腐れ、これは良いですね、未分化な根源的な間が腐っていく、それが舞踏です」「間をいかに持っているかで踊りが決まってくるんです。闇と光、死と生とかこの間を遊ぶんです」<br />
稽古でも「まるで舞い上がる様に落下するんです、落下する様に舞い上がるんですよ」「立つ事は崩れる事で、崩れる事は立つ事なんです」<br />
「私は風の動きに番号をふる事が出来るんです」とおっしゃって5つの形を振り付けられました。「この5つの形が大事なのではありません、1から2、2から3、この間が大事なんですそれを得る為に5つの形を正確にやるんです」<br />
多くの踊りの中に相対立する要素を体の中に持ち、その比率や混濁の具合を変化させていきました、時にはその二つの要素がしっかり抱き合う事も有るんです。<br />
「幽霊は明るさと暗さの間に溶ける」<br />
「時間と空間を混ぜると幽霊になる」<br />
「深くかつ浅く沈潜する」<br />
「死んだ人ほど死者から遠ざかっている者は居ない」（死者には命も含んでいなければならないから）<br />
　最初に講習会を受けた時の言葉を少し書いてみます。<br />
「肉体の地平線は何処か、今は溶けかかっている」<br />
「今回の稽古は病院、医者無しの」<br />
「私の悪い性質、暗いものに抱きすくめられる」<br />
「人間は一人ぼっちにはなれない」<br />
「記憶は夢、夢のもとを彷徨っている」<br />
「自分の死がまだ信じられないように生きている」<br />
「私は楽しい時に踊らない、楽しい事が終わるのが恐ろしい」<br />
「面白い事は腹いっぱいになりすぐ終わってしまうが、嫌な事に固執すると延々と魅惑的世界が続く」<br />
「物を始めた時もう終わりに着いている、その失った間、地平線を取り戻すのが舞踏」<br />
「人間はもう駄目だと思った時、凛として咲く野の花（舞踏）になっている」「幻はもともと形が無いのだから消え去りもしない」<br />
「花はポーッと咲いている、鐘はボーンとなる、そうした体の在り方」<br />
「今回の稽古のテーマ、生と死との入れ替わり」<br />
「眠り、落下、ぐらつき、花など近い物に私の事を考えてよなどと考え出す」<br />
「体で記憶する」<br />
「夢とは意味の無い無知の言葉、何かを語っている」<br />
「現在は物質から語られ始めている」<br />
「脳とは蚊帳がたるんでいて、それが風に揺られるように確信を持った姿ではいない、しかし強く反省する場合がある」<br />
「夜とは夜生きている物にもたれているだけではないのか、はっきりした輪郭を自分に保てない」<br />
「夢に見た人達を夜思っていたのが舞踏の発端だった」<br />
「水と鏡は同じ、鏡の中の私は溺れている」<br />
「私は隠れたかった落ち着くから、自然というのは隠れているのではないか、舞踏は隠れる事」<br />
「夢に逃げるのではなく、夢と現実は同一のもの」<br />
「夢を見た状態ではなく、夢の中へ」<br />
「生きている事にしっかり根付いてないと、さらわれやすい」<br />
「余談（残された自分）が私を尾行してくる」<br />
　最初の講習会だけは４日間という短い物でした、しだいに長期化され頻繁に行われましたが、講習会の冒頭は先生の語りから始まりました、一言一言が魅惑的で先生の視線は絶えず私達の体を突き通し続けます、先生の語りは早く、筆記しきれないものでしたが、今回載せた物はかろうじて筆記出来た中の一つの固まりです。理解するという事より具体的な言葉と言葉の間から寄せ来る波は私達の体を圧倒し続け、この語る姿は舞踏を踊る姿その物でした。踊らなくとも踊っている、舞踏と生活は同じ物なんですよと現して下さったのだと思っています。久能さんのノートに私が書き落としていた言葉を見つけました。<br />
　「考える事の前と考える事の後が舞踏の生まれる場所であって、考える事の中では舞踏は生まれない」<br />
<br />
　<br />
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]]></content:encoded>
    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2013-10-24T00:04:22+09:00</dc:date>
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    <title>舞踏馬鹿の独り言Ⅸ</title>
    <description>
　　　　　　　　　　　舞踏馬鹿の独り言　Ⅸ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔
　
　　　　　　　　　　　　空っぽの体　Ⅱ、東北歌舞伎２の頃、

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<br />
　　　　　　　　　　　舞踏馬鹿の独り言　Ⅸ<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔<br />
　<br />
　　　　　　　　　　　　空っぽの体　Ⅱ、東北歌舞伎２の頃、<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「」内は土方先生の言場です）<br />
<br />
　先日８日間の海外からの受講生を多く含んだ集中ワークショップを行い、そうした方々も参加し予想以上に多くの方々が土方巽研究会に集まられトークや質疑応答も終えてみて、やはり基本的な部分を再度書かせて頂きます。本来体に教え込まれた事を言語化するにあたり、肉体としての言語を使い、踊りとしての文章をと心がけていますが、私の無能さも有り、言場が体からはぐれて受けとめられる事を恐れるからです。<br />
　研究会では『空っぽの体という事が今一つ理解出来ない、空っぽになってしまったら踊りや作品をどうやって作れるのか？』<br />
という質問が有りました。普通に考えれば当然の質問と思います。しかし、この当然と思われている意識と体の関わり様、立ち位置を変える事が舞踏の出発点だと思っています。踊り手は体がキャンバスです、器として考えても同様です。器を空にしなければ新たな物を入れられないか、あるいは異物に成ってしまいます、百パーセント空にしなければいけないのです。そうして初めて感覚が鋭敏な体に成れるのです。<br />
『自己に執着すればする程、人は真の自己を失う。自己を無くせば無くす程、人はその人自身に成る』<br />
『認識の所作とは反対の所作が芸術の所作という事になります。芸術家は認識する者ではありません、芸術は今ここで最も広い意味において、むしろエロス的な原理と関係しているのです。エロス的原理は認識の原理ではない。受肉と現実化の原理なのです』<br />
これらはミヒャエルエンデからの引用です。ある高名な写真家がインタビューで<br />
『シャッターを押す瞬間の最大の敵は私自身です。今この目の前にある美しい風景に私が私自身という色を付けてしまう事が最も恐ろしいのです』<br />
　突然空っぽになれと言われても難しいと思われるでしょうが、実は日常一般の方がいくらでも行っているのです。『我を忘れて』『我を失い』という言葉が有りますよね、一心に何物かを見続ける子供の後姿、望郷や恋愛に立ち尽くす姿、彼らは体から意識が解き放されているのです。災害に逃げ惑う人々の体、極限近く疲労した体、夢中になって興味に翻弄される体、そして細かな作り物を作る職人さんの体、こうした職人さん達が作品を見つめる様に、自分自身の体やそこに起きている事を見つめ続ける意識の在り方。<br />
「自分を客体として扱えるようになる。自分を自分が客観的に振付ける。自分を舞台に花のようにいけてみる」<br />
そうした意識の在り方を俯瞰した目と私達は呼んでいます。<br />
　テレビでスポーツ選手の体の状態を見た時、思わず見入ってしまった事が二度有ります。知覚が完全に開ききり、肉体者としての嘘偽りの無い動きが的確に繰り出され続けます。終了後魂がその体にどう帰還して良いか困惑しながらも寄り添っている、そういう姿が有りました。ゾーン体験という物はひょっとして私達と近い所に有るのではと思っています。忙しい体の中に意識の居所は無いのです。意識が肉体を支配する事からの別離、そうする事により器としての体は鋭敏になり、意識との新しい関係を結ぶ事が出来るのです。<br />
　私達は空っぽの体に成れてから他の稽古に入るのではなく、これは全ての要素において必要な事であり、やはり容易に修得出来る事ではない為、様々な舞踏譜を繰り返し時間をかけて稽古をする間に並行して体得していきました。しかし、先にも申し上げたように、本来誰もが出来る事で、私達も誰もが早い段階で出来る時が有りました。しかし、持続する事が難しいのです。元の意識の立ち位置へ帰ろうとする欲望を持っている事をよくよく知り、すっかり諦めきる事が重要です。どの様な状態が悪くどの様な状態が良いのか、体で知る事が出来れば、自然と体得出来るのです。<br />
「経験より体験を大事にする」<br />
　「体を開く事、食べられる事、体を明け渡す事」<br />
空っぽになった体が為すのでは無く為されるから動く、<br />
「だまされ易い注意力を維持せよ、無目的、私を食べて下さい」<br />
「舞踏とは集中では無く、拡散された集中力を持続せよ」<br />
「たくさんの密度を持った方が良い」<br />
ワークショップでは様々な知覚、空間からの関わり、材質の違い、強度の違い、肉体における距離の測定、そして何物かに成る稽古、その何物かが居る風土をも帯び、更にその何物かとはおおよそ関係の無い様な要素を細かく帯びる事により何物かに成っていく稽古。理解では無く本当の事として受け入れる体の在り方。<br />
「舞台の上で転んだらハッと驚くでしょう、百回転んだら百回驚けなければ駄目なんだよ」<br />
こうした様々な稽古を受け、ワークショップの終わりには、その日習った要素を使い、テーマを与えられ即興を踊りました。先日の研究会でのトークでその話で盛り上がった時、聴講者の方から第二の質問を頂きました。<br />
『ワークショップで行われている即興と作品における振り付けはどの様な関係にあったのでしょうか？』<br />
それはある意味不自由な状態を体に纏うわけですが、そうした中でも何物かであろうとし続ける事により、自由に動ける体ではけして出会えない物と出会い、時には体内に入り込み、体は体で自分の知らない体に変貌していく状態を知覚し、空間すら変貌していくのを感じます。そうした舞踏体験を様々なバリエーションで味わう事により、通じの良い体、発火しやすい体、舞踏体にに近づく為に先生が丁寧に体に触れてくれた時間だったと思います。<br />
　公演ではそうした体に舞踏としての振り付けが行われます。<br />
「即興が大事なのでは無く、即興性が大事なのだ」<br />
作品という物を非常に大事にしていたのです。作品の為の振り付けは質量とも多くなり、緻密でスピードも早いものでした。けして失敗は許されません。東北歌舞伎2の初日、終演直後遠くのオペ室から楽屋へ向かい走ってくる先生の足音が近づいて来ます、激しくドアが開かれ、出のきっかけの遅れた女子を激しく叱りまくり、その女性は大声で泣き出してしまい、あまりの喧騒に客が誰も帰らなかったそうです。しかし、他の場面で更に大幅に遅れてしまった新人男性チームは総毛立つ思いで立ちすくんでいると、先生はゆっくりとこちらを振り返り、静かな声で<br />
「どうしたの、僕ビックリしちゃった」<br />
と言いゆっくりと近づいて来るのですが、先生の左右の黒目が外側に開いていて非常に危険な状態なのは誰もが感じました。すると何にも悪くない和栗さんが割って入り<br />
『私が間違えました』と言ってくれ<br />
「お前が間違えただと」嘘をつけという風に一睨みし先生は去っていきました。その夜稽古場で寝ていると、深夜突然先生が駆け下りてきて、明け方まで振り直しが続き、翌日劇場でも新しく振り直しが続き、本番中でも照明きっかけが変わりました。本番の濁流の中、アンテナを張り続けていなければ何が起こるか分かりません。<br />
　後日先生が大切な物を扱うように、その年の６回の公演について<br />
「私はこうして試作を繰り返してね、それぞれの作品を薄くスライスしていき、良い所と良い所をくっつけてね作品をつくるんです。私はいつからか出来るだけ細い物、小さい物、薄い物、希薄な物にこだわってきました。その中にはめくるめく様な深い物、大きな世界が有るんです。でもね、なんか最近、又野卑な踊りが踊りたいなーと思うんです」<br />
翌々年、銀座セゾン劇場のこけら落としの公演に大野先生始め舞踏家を総結集し、自らも風神雷神を踊るんだと嬉しそうに語っていました。恐ろしい冬が来る事を誰も知らず、それはまだ夏を迎える前の頃でした。]]></content:encoded>
    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2013-08-14T16:34:26+09:00</dc:date>
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    <title>舞踏馬鹿の独り言Ⅷ</title>
    <description>舞踏馬鹿の独り言Ⅷ
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔

　　　肉体の闇、肉体の中へ、
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　「」内は土方先生の言葉です）
　　
　つい先日パリ、ロンドン、ベ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[舞踏馬鹿の独り言Ⅷ<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔<br />
<br />
　　　肉体の闇、肉体の中へ、<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（　「」内は土方先生の言葉です）<br />
　　<br />
　つい先日パリ、ロンドン、ベルリンでの長岡ゆりとの公演、ワークショップツアーから帰ってきたばかりです。英語の出来ない私は、多くの負担を彼女に負わせてしまいましたが、彼女のバランス感覚の取れた配慮と適切な通訳、そして彼女の踊りにより公演ワークショップ共に好評の内に終える事が出来、ワークショップ最終日にいたっては五日間重い集中力を持続し表情をあまり出さないベルリンの講習生達が、サンキューは日本語で何と言うんだという声があがり、ありがとうの連呼がまるでカーテンコールの様にいつ終わるのかと思う程続き、熱いハグの連続で胸詰まる思いでした。他の地でのワークショップも含め受講生達の真剣さ、そしてインクが紙に染みていく様な吸収力、そして現れ出でた結果を見た時、舞踏は日本人のみの問題では無く、やはり人間の問題なのだなと痛感しました。私はワークショップに於いて、かつて先生のワークショップで味わった感動を私なりに受講生の皆さんにわずかでも感じていただけたならと願っています。具体的には、すっかり日常の中で教え込まれた動きに飼いならされてしまった体をほごしてはぐれさせてやり、自分の体に初対面させてあげる事。これはイメージを与え自由にさせてあげる事だけで出来る事では無く、むしろ最初は壁を立て、ある種の拘束もし、追い立てる必要があると思っています。そうした場で様々な出会いを重ねる事によって本人が気付くという事を願っているのです。<br />
　ワークショップを行う側には最低二つの条件が必要だと思っています。一つは見本が見せられる事、本人でなくとも先生の時は第二の師匠が行っていました。現在は私と長岡ゆりが行っています。二つ目は、受講生の体に起こっている事を見てとれる事、私達は何物かに成るという稽古を重ねてきた為に、他者の体が私達の体に入ってきてしまいます。そうした自分の体を感じ他者の体に起きている事を知るのです。先生がワークショップの後「私でもね、この何十人もの体を見る事は疲れるんですよ」と言っていましたが今は大変よく分かります。<br />
　今回公演と集中ワークショップを繰り返す間に、あらためてその重要性を強く感じた事について書かせていただきます。出（誕生）と没（消滅）の没、光と闇なら闇の側の問題です。そこをしっかりやりきらなければ、世界として捉えていなければ、生まれ出てくる物はひどく弱々しいか生まれ出る事は出来ないという事です。<br />
　適切な例えになるか不安ですが、弓道場に弓が置かれています、置かれた弓はただの物質です普通の体だと思って下さい。打ち手が弓を持ち上げ立った時、弓は始めて弓に成ります、空っぽの体に成った状態です。これから体や空間に生まれてくる物を矢と思って下さい。そして弦を引く、この引かれた状態を導く物支える物包み込む背景に潜み立つ物達の事です。これは直線的な例えですが、千本万本の矢を同時に引かねばならない事も有る舞踏家として、空間における問題としても捉えていただければと思います。目盛りをつけたならゼロでは無く巨大なマイナスに拡がる世界、体を消していく、隠れる、何処へ、どの様に、肉体という闇の中へ。この問題は私には大き過ぎる問題ですが少なくとも心情や観念などでどうにかできるような問題でない事だけは知っています。そしてそれは現れ出てくる物に当然関係し、寄り添い、支え、時にはその身に包み隠す事もあるでしょう。<br />
  「闇と言うとすぐ重苦しく感じる人がいますが、闇にも光や艶が有るんです。漆とかそうでしょう、暗黒舞踏というのは反語なんですよ」<br />
「光は闇という母親の背中から生まれてきた、なのにいかがわしい光が闇を追い出す、その光を追い出さなければならない、震えている闇をそっと抱いてやりなさい、それは死ぬという事、誕生とか死を隔離する事によって生が青ざめてきている、弱ってきている」この後に、<br />
「光とは情報の事ですよ、今は情報に対する期待ばっかりが増えている」言葉だけに頼ると誤解を起こしかねませんが、肉体と情報、ひじょうに象徴的だと思います。<br />
「死と生を区分してはいけない。闇と光、生と死の融合へと向う」<br />
「自分の死がまだ信じられないように生きている」<br />
「肉体は滅びていくがゆえに形があるのではないのか、死者がこの肉体に棲まなければいけない」<br />
「生きているという事は三割くらいの死を含んでいる事、舞踏もしかり」<br />
「死んだ人ほど死者から遠ざかっているものは無い」<br />
「目に見えない物が半分有るから見える物が有るのだ」<br />
光の在り方として<br />
「光がすがっている、にじんでいる、溶けていく、吊られている、とか色々有るでしょう」<br />
闇という母親に抱かれた光の在り方ですよね、光が光だけで存在しているのでは無いという事です。<br />
　闇の中の手の甲に一粒の光が誕生し蛍の様に浮遊し始めたとして、その一粒の光が誕生する直前、普通の体は有り得ない、闇に没しているはず。何物かがその体に誕生する為には、誕生の仕方は様々ですが、その体は消えていなければならない肉体という闇の中へ。<br />
「無いという言葉を用いるけれど、有るの反対は有らない、この中に舞踏が潜んでいる。私は隠れたかった、落ち着くから、自然とは隠れているのではないですか、舞踏も隠れている。隠れているキノコを捜すように捜すんですよ」「無一物が（何も無い物、例えばあの世かもしれない）滝に打たれているような物を見なければ、その裏側の無尽蔵な世界には行けない」<br />
   肉体の闇に通低する言葉として体の中へという言葉が有ります。私はこの言葉が舞踏への誤解を最も生んだ言葉ではと思っています、（心情的内部、観念的内部などへの曲解）<br />
「舞踏は肉体の拡張をはかる」<br />
「昔の人（戦前の人）は内側が外側だった。昔の人は内部から歩いていた」<br />
「私達は分からない所から生まれてる、永遠は体内に在る」<br />
「自分の体に彷徨いこみ、自分を誘拐する」<br />
「自分の体を立ち聞きする、自分は宇宙で一番遠い存在」<br />
「自分の体の中に異国を感じる」<br />
「私の中の旅、内側で外側を包む」<br />
「臓器感覚が膨らみ私を越えて拡がる」<br />
「私達の内部（臓器感覚）は空間にぶら下がっている」<br />
「体の内部が外部で外部が内部なんですよ（靴下を裏表ひっくり返す様に考えて下さい）胃も腸も脳も目玉もみんなこの空間にぶら下がっている、血管や神経がびっしり張り巡らされているんです。外部は私の体なんです、そして内部こそが私にとってもっとも未知の謎の世界なんです、そこに梯子をかけてね私は降りていくんですよ」<br />
「全ては体の内側に有るんでね、外部に頼って暴れても何も得られないんです、表現しようとするのでは無く、じっと内部を辿るんですよ。舞踏を行うのに真に必要なのは内部の世界へ入っていき、そこに身を置き続ける勇気と偏執的にそこで採集する性質と、そういった事を組み立て練磨していく知性です」<br />
<br />
「私は出て行く、私の中へ」<br />
<br />
「私達を生んだものを知る、それが舞踏」<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2013-06-19T20:31:08+09:00</dc:date>
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    <title>舞踏馬鹿の独り言　Ⅶ</title>
    <description>          舞踏馬鹿の独り言　Ⅶ
&amp;gt; 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔
&amp;gt; 　土方先生と初めて呑んだ日の思い出　Ⅱ　『過剰なる贈与欲』
&amp;gt; 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「」内は土方先生の言葉です。）

...</description>
    <content:encoded><![CDATA[          舞踏馬鹿の独り言　Ⅶ<br />
> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔<br />
> 　土方先生と初めて呑んだ日の思い出　Ⅱ　『過剰なる贈与欲』<br />
> 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「」内は土方先生の言葉です。）<br />
<br />
> 　皆で朝食を終え歓談しながらも仕事へと一人二人と消えていき、私も失礼かと思い、特に予定は無かったのですが仕事にと立ち上がると「まだいいじゃないか」と引きとめられ又腰を下ろしてしまいました。夕べ暴れた男が殊勝に小さくなっていると「なんだ、今日は随分静かじゃないか」と言われ『俺も仕事休もうかな』と彼が言うと「仕事は大事です、仕事はしなければいけません、仕事に行きなさい」と帰してしまい、結局先生と田鶴濱洋一郎さん（東北歌舞伎計画の美術家）と三人になってしまいました。二人は芸術や哲学を次々と語り合い、私ごときが口を挟むなどもっての外で、私は何故今ここに居るのだろうと思い続けるばかりでした。昼過ぎに心地良い音をたてながら第二の師匠が階段を駆け上がってきて、満面の笑みを浮かべて干し芋とお茶を入れてくれました、ただただ恐れ多く私はますます小さくなるばかりでしたが、しばらくすると、田鶴濱さんと第二の師匠は打ち合わせで出て行ってしまい、ついに先生と二人きりになってしまいました。<br />
　部屋は四方壁と襖に囲まれた六畳程で、明りは片側の床から尺高の小窓二つから入る外光だけです、光も闇も粒子に思え、この部屋だけは確実に日常から隔絶されていて、まるで時が止まった空中に浮かぶ小部屋にいる様でした。その静寂の中、突然小石が落ちて来た様に踊りの話が始まり、多くの舞踊家の踊りを身振り手振りも加え詳しく説明し、更に歌舞伎も含め群舞の演出にまで至り、わずかな動きと音声、それに遠くを見る優しい目の輝きだけで踊り続ける姿は果てしなく続くのかと思われました。何故こんな無知な私に先生はこれほど貴重で膨大な行為を浴びせかけるんだろう、その時の私にはほとんど吸収できず、ただただ呆然とするばかりでした。すると突然大きく息を吐き大の字に倒れ、「これが純粋怠惰だ」と微笑み続けたのですが、その姿は脱力というより、光の粉が舞い上がり続ける様に見えました。この後私が無思慮な発言をしてしまい、「俺の体に入って来るんじゃないよっ」と叱られすっかり萎縮していると、「君何処から来たの」私の住所を言うと、「行った事有るよ、美味い物食べたんだけど、何だったかな」話の内容とは裏腹に先生の様子が次第に変わり、気が付いた時には部屋中びっしり重い闇に覆われていました。「俺人を殺したんだよ」いけないっと思いました。昔私の地元で、金粉ショーの松明の火が袖幕に引火し火事になり、そこで舞踏家が一人焼死した事件を私も知っていたのです。先生自身は現場には一切関与してはいないのですが、それでも「俺は舞踏で人を殺してしまったんだ、あいつは一度火の外に出て来たんだよ、なのに何かを見てアッと叫んで又戻っていってしまったんだ。あいつは何を見たんでしょうねー、何を見て戻っていってしまったんでしょうねー。彼の父親に『先生、どうしてですか』って聞かれたんだ、俺は何も答える事が出来なかったよ」私に何が言えるでしょう、何も言えずにいると田鶴濱さんが帰って来ました。又様々な話が始まりましたが六本木の先生の店に行こうという話になり、タクシーに乗る際、さすがに私はここで失礼しますと言ったのですが、やはり帰してはもらえませんでした。<br />
　車中「どうやったら金儲けが出来るか分かるか」と聞かれ答えられないでいると、「イメージを売るんだよ、イメージさえ付ければ、高ければ高いほど物は売れるんだよ」稽古中イメージという言葉を嫌っていた先生からその言葉を聞き、何か意外な思いがしたのですが、車を降りしばらくすると花屋が有り、外に置かれた花を見て先生が嬉しそうに振り返り「オイッ、花だよ」と一輪取り上げ気持ち良さそうにその臭いを嗅ぎました。店員が駆け寄り値段を言うと「貴様、花を売ると言うのか、貴様は花を売ると言うのか」と詰め寄っていきます。私は慌てて金を払いましたが、先生はまるで野道を歩くように、その花を空にかざし鼻歌を歌うように歩いていきます。その先の繁華街のビルに据え付けられた巨大なサンタクロースの飾りが両手両足を動かしているのを見つけるとオーッオーッと目を輝かし私達に指差し、人込みの中サンタに駆け寄り対峙し、ウオーッウオーッと絶叫しながら両手を動かし続け、時折ウオッウオッとその興奮を伝えようとこちらを振り返り見ます。店に着くと元藤さんが私達を止めました、当時風営法が布かれ裸に対して規制が厳しくなり、監視の為に客として警官が来ていたのです。しばらく向かえの小料理屋に入り又芸術談義です、思えば夕べから呑み続け、先生は話しっぱなしです。舞踏への思いとその知識量には本当に驚きました。店に戻るとまだ警官達は居て、先生が「その二人を呼んで来い、俺が血だるまにしてやる」と叫び、二人はやって来ました。押し殺した声のやり取りとにらみ合いが続き、今夜は私も留置場かなと思いましたが彼等が帰る事により事無きを得ました。別の店に行き、ショーが始まり先生はオペ室に入り照明音響を操作しています、私はその後ろで背中を見つめていました。その背中は大きく美しく、とても愛おしく見えました。ショーが終わり客がいなくなると先生はビートルズを流し、イギリス国旗のハンカチを両手で胸前に垂らしてわずかに揺らし、私の目を凝視しながらステップだけで踊り続けます、私はどうして良いか分からないのですが目を離す事ができませんでした。次にフラメンコの店に移りました。元藤さんが今日は大手商社の貸切りだからと止めるのも聞かず店に入り、不愉快気な客達の視線の中「オーイ、裸はまだか、俺は裸が見れると言うからこの店に来たんだ、裸を出せ」と叫ぶとフラメンコのギターリストとダンサーが踊り始め店内を回って来ます、私達の所に来た二人が演技では無く厚い親しみを持って先生に絡んでいったのが印象的でした。店を出て次は何処へ行こうかと迷っている先生に田舎者で表現界も都会の歓楽街も知らなかった私はすっかり疲れてしまい、『先生、稽古場が良いです、アスベスト館に帰りましょう、稽古場が良いです。』と訴えるとしょうがないなーという風情で稽古場に帰る事になりました。<br />
　稽古場に着くと第二の師匠も帰ってきて四人で静かにお茶を飲みます。しばらく和やかに話をした後、「オイッ、お前、さんざん飲ましてやったんだから、何か置いてけっ」と先生は言いました。体を置いてけという意味かなと咄嗟に思いましたが「別に話で良いんだよ、面白い話を置いてけ」先生の前で私が何を話せるでしょう、「お前美容師なんだろう、美容の話で良いんだよ」取るに足らぬ事を私は必死に話しました。すると先生は楽しそうに聞いてくれました。「よーし、お前に何かやろう」と所蔵の美術品を棚から差出します。これほどの膨大な物を頂き、何も返す事もできずに何を受け取る事ができるでしょう。私は『とんでもないです』と断りました。すると又他の物を取りに行き「これではどうだ」『とんでもありません』と又断り、こうした事が何度も繰り返され「お前は何だったら受け取るんだ」と怒られ、壁に掛けてある大きな絵を外しかけると第二の師匠が『先生、それは』と止めに入りかけ、私は頭を下げ『私は何も頂けません』と言い、『私は先生とお会い出来、こうしてお話し出来ただけで充分過ぎるんです』と心の中で叫びました。先生はしょうがなさそうに座り、笑って煙草を吸っていました。「じゃ寝るか」の一声でこの日は床に就く事になりました。明け方田鶴濱さんに起こされ『行くぞ、今出ないと帰れなくなるぞ』との声に、帰路につきましたが、家までの五時間の電車の中、私はただただ涙が止まりませんでした、何故という考えが浮かぶ余裕も無い程、涙が溢れ続けました。<br />
　稽古場のやり取りも書いてある、第二の師匠の文章が有ります。この文章は舞踏文章として素晴らしい物です。もし呼んで頂けたらと思います。現代詩手帳、1987、4月号、火気厳禁体として。<br />
><br />
> <br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2013-04-22T01:51:55+09:00</dc:date>
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    <title>舞踏馬鹿の独り言　Ⅵ</title>
    <description>舞踏馬鹿の独り言　Ⅵ　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔
　土方先生と初めて呑んだ日の思い出　Ⅰ　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「」内は 土方先生の言葉です。）
　この連載も今回でちょうど一年になります。この連載の依頼を秦さん から頂いた時...</description>
    <content:encoded><![CDATA[舞踏馬鹿の独り言　Ⅵ　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　正朔<br />
　土方先生と初めて呑んだ日の思い出　Ⅰ　<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（「」内は 土方先生の言葉です。）<br />
　この連載も今回でちょうど一年になります。この連載の依頼を秦さん から頂いた時、私は単なる思い出話にはしたくない事、又記号の羅列に もしたくない事を伝え、了承を頂き書き始めました。土方先生の唱える舞踏に触れて頂く機会の未熟ながら一つにして頂けたらと切に願ったからです。しかし今回体調を崩しており、テーマに即した文章を書き上げ る自信が無く、あえて思い出話をさせて頂きます。<br />
　私が土方先生に出会ったのは84年の講習会でした。私はまだ美容業を営み福島に在住しており、講習会の度に東京の友人宅を泊まり歩 き、アスベスト館まで通うわけですが、毎日館に辿り着くまでが何か言い難く恐ろしく、それは参加者の皆も同じだったのでしょう、館の中には一言も声を出してはいけないような、見えない糸の緊張が張り巡らされ薄闇の中、ただ土方先生の見開かれた視線だけが光っていました。様々な語りや又一振りの仕草で、私達は深い森を彷徨い、ボイラー室を巡り、病院に辿り着き、天空と地獄の間を瞬時にして移り変え続けさせられました。又超然と完璧なまでの発生モデルと化した、第二の師匠、人の体はここまでできるのかという驚きの連続でした。講座の終わりは 即興で踊ります、自爆しそうな程の羞恥、本当は誰にも見せまいと思い続けていた傷口を見せてしまい、誰にも絶対話すまいと思っていた事を話してしまう。土方先生の声は不思議でした。講演にしろ宴席にしろ多くの人達の中で自分にだけ話しかけているように思えるのです。気付けば他の人達も同様に感じていたようでした。だからといってその踏み込み方が決して浅い訳では無く、土方先生は何時どの様な場に於いても踊っていたんだなと思います。　<br />
　私が初めて参加した講習会の最終日に打ち上げが有りました。受講生だけで30人はいたのではないでしょうか、もしかしたら先生と直に一言でも話す事ができるかもしれないというときめきと、講習会は二度とやらないと先生は言っていたので、もうこの素晴らしい人とこうして直に会える事は無いのだろうという寂しさを秘めながら片隅に潜みました。いくつもの円陣が組まれその中を先生は座を盛り上げてはフッと席を移り、又盛り上げてはフッと席を移り続けていました。今思えば先生はその日の人間達から様々な事を採集していたのだと思います。後に「私はね、最高に聞き上手になりたいんです。頷くだけで延々人に話し続けさせられる、そういうふうになりたいんです。お婆さんは笑って頷くだけで人の話を誘い出すでしょう。お婆さんが私の師匠なんですよ。」<br />
　座は盛り上がり、突然先生が立ち上がり「誰か裸になれーっ、裸になって踊れーっ。」と叫びました。今思えば研究生の女の子に言ったのでしょう。無知な私はその声に誰も答えず、その投げ出された声の放物線が地に落ちてしまう瞬間が恐ろしくその寸前に上着を脱いで立っていました。歓声が上がり、先生が振り返り「いや違うんだ違うんだ」と困った様に私の両肩を叩いて、又誰かを捜す様に他を向きました。でも投げ出してしまった体を引っ込める事は出来ず全裸になり、かといってまともに踊った事の無い私は大声を出し飛び上がっては床に体を打ち続け転がりまわっては又打ち続ける連続でした。しかし座は盛り上がり研究生の女の子達がみんなを誘い出し楽しそうに踊っている中こそこそと服を着て元の席に戻ると、五井さんが喜んで迎えてくれ『良かった、今のは良かった』と言ってくれました。後年亡くなる一年程前に『あの時の踊りは良かったなー、どうやるとああいう踊りが出来るんだ』という問いに答えられないでいると『踊りを知らなかったから踊れたんだよなーっ』と言ってくれました。<br />
　その後、酒量も増えれば、荒ぶる者も出はしましたが酒宴は二階に移り長く続きました。私は体調が悪く一人隣の広間で先に寝ました。薄い眠りの中、何か尋常では無い恐ろしく重い気配の固まりを感じました。恐る恐る目を開くと10センチ前に大きく目を見開いた先生の顔が有りました。全身が震え『先生、やめてください、やめてください』と叫ぶと嬉しそうに笑いながら、闇の中に跳ねる様に吸い込まれていきました。混乱しながらも又睡魔の中に落ちて暫くすると、今度は普通に寝ていたはずの私の両手がお地蔵さんの様に胸元に合わされていて、その両外から二つの手が真綿の様にフワーッフワーッと包み続けています。また目を開くと、顔の10センチ前で先生が嬉しそうに笑っていて『先生、許して下さい』と布団に突っ伏すと、又嬉しそうに振り返り見ながら闇の中に溶けていきました。後日早めに寝てしまう者がいると、暫くして全員で寝顔を見に連れていかれ、「ほーらね、人間は眠ると赤ちゃんの顔に戻るんですよ」と先生に言われ全員で凝視していると『やめてくれー』と暴れだす友人を見たのは楽しい思い出です。明け方隣の部屋から言葉のはっきりした大声の寝言で目を覚ましました。それはまるで雪に巻かれる亡者の様な恐ろしい声でした。見回すと10人位の者が回りで寝ています。先生の起き上がる気配がして「誰かいないかーっ」と呼ぶ声がしますが誰もピクリともしません。その恐ろしい存在が扉の向こうについに立ち上がったのが分かりました。私は怖い物見たさで扉を薄目を開けて見ていると一気に扉がダーンと開かれ、信じられないのですがこれはけして誇張ではありません、その扉から先生の両手両足の隙間を通し、一気に雪を含んだ荒れた強い風が吹き込んでくるのが見えたんです。「あいつはいないか、あいつはいないか」と呟きながら一人一人布団を剥いで顔を見ます。「いない、いない」誰一人それでも反応しません。「あいつはいないか、あいつはいないか」又一人又一人、布団を剥がされ顔を見られています。「いない、いない」ついに一番奥の私の所に近づいて来ます、私は目を閉じ身を硬くしただひたすら神仏を拝む思いでした。すると突然風が止んだ様な静けさが訪れ、体の力をゆっくりゆるめると、突然顔の両脇に鉄槌が下された様な大音響が起き、恐る恐る目を開くと、顔の両脇に先生の両腕が突き立てられていて、私の顔の30センチ前に大きく目を見開いた先生の顔が在り怪物が笑う様に「いたーっ」と競り寄って来たのです。私は完全に体が硬直してしまいましたが、先生は嬉しそうに笑い突然何事も無かった様 <br />
にパッと立ち、「朝いつまでもダラダラ寝てるもんじゃありませんよっ、パッと起きましょうパッと、ハイッ軍隊式にパッと起きましょう」みんな魔法を解かれた様に飛び起き、布団を片付け朝食の準備となりました。<br />
<br />
<br />
]]></content:encoded>
    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2013-03-08T01:48:54+09:00</dc:date>
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    <title>2012「廃人倶楽部Ⅵ　陽だまりの産着」</title>
    <description>私の最も古い記憶は
母の営んでいた美容院の片隅のベットに
いつも寝かされていて
様々な人達がひっきりなしに覗き込むのだが
私はあまりその人達に興味は持てず
ただただ窓から差し込む陽の光りを見続けていた
その光りは今見る光りよりも遥かに強く輝いていて
一日中私は光りの粒子に包まれ抱かれて...</description>
    <content:encoded><![CDATA[私の最も古い記憶は<br />
母の営んでいた美容院の片隅のベットに<br />
いつも寝かされていて<br />
様々な人達がひっきりなしに覗き込むのだが<br />
私はあまりその人達に興味は持てず<br />
ただただ窓から差し込む陽の光りを見続けていた<br />
その光りは今見る光りよりも遥かに強く輝いていて<br />
一日中私は光りの粒子に包まれ抱かれて<br />
その彼方を遠く拡散しながら追い求めていた]]></content:encoded>
    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2012-12-19T23:54:51+09:00</dc:date>
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    <title>テルプシコール通信文章</title>
    <description>正朔の、テルプシコール通信に連載した舞踏に関する文章

　舞踏馬鹿の独り言　１　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「始めに」

　舞踏という難破船はこの先果たして何処へ向かうのでしょう、それとも沈むのか、あるいは他の業種の方々が乗り込むのか。いきなり不謹慎な出だしで申し訳ありません。...</description>
    <content:encoded><![CDATA[正朔の、テルプシコール通信に連載した舞踏に関する文章<br />
<br />
　舞踏馬鹿の独り言　１　　　<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　「始めに」<br />
<br />
　舞踏という難破船はこの先果たして何処へ向かうのでしょう、それとも沈むのか、あるいは他の業種の方々が乗り込むのか。いきなり不謹慎な出だしで申し訳ありません。先輩後輩の方々の日々の真摯な活動を知りつつも、海外で活動が拡がり続けている事を知りつつも一度だけそう呟やかせて下さい。土方先生が稽古場で話されました、<br />
（以降文中「」内は土方先生の言葉です）<br />
「柔らかい手が私を抑圧してくる、舞踏がまずく合理化されていく。」<br />
私は当時まさかそんな事が、先生がいるじゃないか、大野先生がいるじゃないか、先輩方がこんなに頑張っている、舞踏は強く素晴らしく全ての人々の為に開かれたものじゃないか、そんな事はありえないと思ったのです。しかし現在そう呟かざるをえない思いを私も持ってしまいました。それでしばらくの間テルプシコール通信で私の舞踏に対して思う事教えられた事などを土方先生の思い出や言葉も交え書かせていただきます。<br />
　そうした思いを持つに至る状況を作り出した最も大きい原因の一つは『舞踏とは何なのですか？』という問いに対して明快な答えを出さないジャンルである事から始まっていると思います。それでそこに様々な解釈が入ってくる、その解釈をするという行為自体が既に危険な要素を含んでいる為に舵取りを誤れば四方八方ではなく真逆に走るという事も往々にして起こりえるという事です。舞踏とはそれほど非常に特殊な問題提示だという事です。　<br />
　では何故分かりやすく答えないのか、この世の曖昧な命を壊さないように掬い取る為に（そうした日常にひっそりと潜む命を舞踏と先生は呼んでいました。<br />
「光に追い出され震えている闇を抱いてやりなさい」「人間はもう駄目だと思った時、凛として咲く野の花（舞踏）に成っている。」とか、観念的な理解による命名、記号化による絶対的な変質、更にその瞬間その命も自分自身も殺す行為、観念的に知る事と肉体的に知る事とは次元が違う程はるかに遠いものだという事を舞踏は提示したジャンルだからです。<br />
「命の探求に向かっているんです、舞踏という道具を使ってね。」<br />
　日常現実に直面するのは先ず肉体です、観念的なものは後からやってくる、そして肉体を管理しようとする。管理されやすい体を作ろうとするわけです。<br />
「あんな事ただ座ってる奴らが考える事だ」<br />
「けつ頭ですよ、頭なんて尻の下なんですよ、頭が体の上に乗っているなんて逆なんですよ」<br />
生命活動に忙しい肉体を組織化された観念は管理化してくる。「<br />
飼い慣らされた動作ばかりで生きてきて、お前は随分ひどい目にあったのじゃないのか、その原因はお前の肉体概念がはぐれているためだ」<br />
「あなたは死ぬまで執行猶予の人生をおくるんですか、それで本当にいいんですか。」<br />
　舞踏は一般に開かれた間口の広い世界です、しかしそこには重い扉が有り、それを開いていなければ舞踏とはいえないんじゃないのでしょうか。舞踏にその身を掛け切る事、一度はこの自己をも放棄する事、<br />
「裸体っていうのは衣装を脱げば裸体じゃないのよ。（涙や汗も一切合切脱ぎ捨てた一文無し）裸者（ハダカモノ）それが本当の裸体なんだよ、で、裸体になったから、衣装を着るんだよ」（山口猛インタビュー）<br />
「私はね一度火達磨になって焼け死んでから帰って来た人間しか信用しないんです、いくらもっともらしい事を言ったってね、分かるんですよ。」（空っぽの体、白紙の体、灰柱などに通じて行きますがそれは後日）<br />
　最近気になるのは舞踏に安定を求める事です、体内に降りていき採集するという行為は今有る自我を守り続ける行為では無く、むしろ逆で、自我を賭して降りていく行為で陶酔に安易に捕まるなどという事は激しく叱責されました。又全てを混沌であるという事に固執する行為、それは探求を拒否する安定以外の何ものでもない。既に確立された思想宗教を含め他ジャンルを学習する事は大切ですが安直に舞踏家として依存する事は観念から脱却するはずのものが構造は変わらないという危険性が有ります。舞踏家は常に針一点の上に立つような不安定さの上に身を置かねば肉体の知覚は作動しません。<br />
　土方先生の回りには優れた知識人表現者の方々が多くいられましたが、突然先生が「お前は舞踏家だ」と叫ぶ事がよくありました。踊れという事ではなく、その瞬間その表現がその在り方が舞踏家だという事です。舞踏とは踊りのみの問題ではなく、命の問題であるという事ですよね、そこに根差し肉体を通した言葉で「舞踏とは～、と一週間かそうですね二週間に一個くらい書き貯めなさいと言われました、そうすると段々朧気に舞踏というものが見えてきますよ。」と教えられました。先生の代表的な言葉は「舞踏とは命懸けで突っ立った死体である。」ですよね。<br />
　<br />
　最後にこの前の先生の命日に慶応のアーカイブでも話しましたが沢山の方々に聞いて欲しくて私の大好きな先生の言葉を又書きます。<br />
先生の所にインタビュアーが来た時『舞踏って何なんですか』と聞かれました。すると先生は「えっ」と驚き、「舞踏って何処か行くと見れるんですか、へぇーっ知らなかった、舞踏って見れるんだ、へぇーっ知らなかった、分かりました、私は是非舞踏を見たいです、どうしても見たいです、何処に行くと見れるんですか、教えて下さい、世界中何処にでも、いつでも見に行きます。金はいくらかかってもいい、借金しても行きます。この稽古場売っても見に行きます。教えて下さい、教えて下さい、いったい何処に行けば舞踏が見れるんですか。」<br />
さすがに先生にそう言われては困ったインタビューアーに薄く笑った先生は、威厳正しく言いました。<br />
「舞踏ってのはね、この世の何処にも存在しないんですよ、あなたと私のこの間のこの一点に（と床の一点を指差し）たった今この瞬間生まれて来るのが舞踏なんですよ」<br />
<br />
<br />
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舞踏馬鹿の独り言　２　<br />
<br />
　　　　　　　　「見るという事は」<br />
<br />
　目で物を見る、耳で音を聞く、鼻で臭いを嗅ぐ、舌で味わう、皮膚で触覚、温度、湿気、光を感じる、こうした知覚の能力はあまりにも多く複雑で語りつくせません。<br />
こうした言葉をひっくり返してみる。見るのは目、聞くのは耳、臭いを嗅ぐのは鼻、味わうのは口、考えるのは頭。当然でしょうと言われるかもしれません、はたしてそうでしょうか、こうした事にも既に舞踏の問題は潜んでいます。<br />
これらはごく最近の方々が常識という言葉であてがわれた事にすぎませんよね。<br />
爪や髪の毛は必要の為に皮膚の進化した物である事はご存知ですよね。目も耳も舌も鼻も皮膚が進化した物です。つまり皮膚は五感の能力を内包しているのです。脳の無い生物はいますが皮膚の無い生物はいないそうです。ですから頭脳の要素すら内包しているのです。<br />
かかとで見る、手首で臭いを嗅ぐ,肩甲骨で音を聞く,膝で味わう、そうした事も有るのです、朧気であったとしても。本当に物を見たい時、目だけで見切れるのか？全身で見ますよね、存在をかけて見ますよね。危機的な状況に立った人ならば当たり前の事ですよね。<br />
胃が食物を内包する様に肺が空気を内包する様に、皮膚は空間を内包する臓器なんです(手袋や靴下を裏返しにする様に)。<br />
　目という物は最も脳に直結した情報の管理機能の末端です。得た物を全て管理化していく道具にされています。(この行為は私にとって様々な存在の命を切り取っていく作業に思えるのですが)その事も踏まえて土方先生ワークショップの言葉から目に関する言葉を捜してみました。<br />
「現在の口耳鼻の位置が本当に正しいのか、変えてみる」<br />
「見る様に聞くんですよ、臭いを嗅ぐように見る、盲の様に走るんですよ」<br />
「自分の体を立ち聞きする、自分は宇宙で一番遠い存在」<br />
「感ずる物を見る事が出来る、音を目で見よ」<br />
「能は耳で見る、目で装う」<br />
「見るという行為がね、愛情なんですよ」<br />
「他人の目と自分の目とがぶれていくと二人はとけられる」<br />
「既視感を見るか、見える物と対話するかどちらかにしろ、生な人間関係は嫌だ」<br />
「消える物が存在するんでね、見える物は虚像なんですよ」<br />
「見るという事は見る物と溶け合い、向こうから見られているような気がして、目が潰れた時見えて来る」<br />
「採集をする時順番など無い、目で撫でて覚えろ」<br />
「覚えた物を、見てすぐ忘れるという記憶の仕方、パッと見たらパッと顔を背け、その通りに踊る」<br />
「長く見ると目が腐るんですよ、見る事によって目は敗北している。目を失う事によって物が見える場合も有る(プレダンの様に）。見れば見るほど見失っていく、姿を現さない物を見るチャンスを失う。目に見えない物が半分有るから見える物があるんですよ」<br />
「舞踏家の目は様々な部分に目が付いている、何故目だけが特権的に物を見るんだ、ふくらはぎだって見たがっているんだから、たまには外の風景見せてやれ」<br />
「素晴らしい物は見えなくなる、泣いているから。いつまでも泣いていられない、見ている物に自分自身が成っている。思う事が思われている事になる、花に成りたいでは無く花に成ってしまう。願った時は願われる」<br />
「形や動きを見せるんじゃない、見える物なんてね誰も見てくれないんですよ、見えない物を見せた時あれは何だと初めて見てくれるんですよ」<br />
　私は土方先生を巨大な眼球を持った観察者だったと思っています、あらゆる森羅万象に対してもそうですし、表現者踊り手に限らず様々な人々、生き物、物質を食い入る様に見続けていました。ワークショップのある日恐ろしい形相でこう言われました。<br />
「私はあなたがたの為に稽古をしているわけじゃありません、私はあなたがたが見たいんです、今まで暮らしてきたあなた達の姿が見たいんです、それだけでやってるんです、だからこの稽古場であなたの人生に帯びてきた物をありったけ拡げてこの私に見せなさい」先生の優しい叱咤激励でした、再度この言葉を思い出します。<br />
「見るという行為自体がね愛情なんですよ」<br />
見るという事は既に成っているというメタモルフオーゼの舞踏技術を携えて先生は巨大な眼球の観察者として片時も休まずこの世を彷徨し続けていたと私は思います。最後に私の大好きな先生の言葉です。<br />
　「見るという事は何か、静かなる暴風雨」<br />
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舞踏馬鹿の独り言 　３<br />
<br />
　　　　　　　　　　「稽古で怒られた思い出」　　　　<br />
<br />
（　「」内は土方先生の言葉です。） <br />
　「本当ですか？あなたにとってそれが本当の事なんですか？」<br />
即興を踊り終えた私達に刺す様な視線で先生がそう問いただす事が時々有りました。既に全て見通されていて、ただただ恥じ入るばかりで誰一人声を出せる者はいませんでした。<br />
「まあまあ良いというような踊りを見るくらいならね、あれは無惨だったなーという踊りの方が私は見たいですね」「良い踊りを踊った後にはね踊り手が居なくなった舞台にびっしり踊り手の体の痕跡、内臓や皮や毛や血が散乱して見えるんですよ。暴れろって言ってるわけじゃないんです、あなたの体に起きている事、体に付着した記憶を正確にやるんですよ」<br />
泳げない人間が一気に海に飛び込む様に、その世界に飛び込む決意を知らなかったのか、勇気が無かったのか。<br />
「ケチ臭い奴に舞踏は踊れないんですよ」<br />
「曖昧な行為は許しません。生活に疲れた人に興味が有るのでは無く、疲れた固まりに興味が有るんです。（物質化した様な）これが舞踏で言う心身一如です」<br />
「体が修得するという事は瞬間、瞬間が舞踏の根源です。段々などでは出来ません」<br />
「徐々にでは無く刻々と世界が変化しなければ時間に喰われてしまう」<br />
「一つ一つが同じ時間になるのはメカニズムを追うからです。関わっている自分が出ると時間が均一になる」<br />
　踊りの速度の問題が出たので少し話が逸れますが、舞踏がゆっくり動く踊りと思われている事は大変心外です。ゆっくり動いて見えたとしても止まって見えたとしても、体には刻々と様々な状況が関わっているんです。分かり易く一例を出すとサーキットレースを客席で見ているとします。遥か彼方を走る車を身を乗り出して見ていると、身体は遠く拡張されゆっくりと大きく旋回しますが、徐々に近づいて来て手前の道を通り過ぎる時、瞬時に顔は振られます。イメージだけで真似ると、遅い速度が体に残り手前の早い動きは的確には出来ません。反省して動きを計算すると説明にしかなりません。全身を使って本当の事として出来た時のみサーキット場の空間の拡がりが現れ、上手くいけば手前の時に風も出るでしょう。<br />
　話を元に戻します。様々なテーマや言葉を投げかけられ踊る時、その言葉と体の関係性がうまく分かりませんでした。言葉を理解してから動くようでは遅いのです。<br />
「客の視線は踊り手より千倍早い」<br />
作為が見えるだけです。目的や観念やイメージにとらわれると、踊り始めた時にはもう終わっている、何も始まってはいなかったという事です。だからといって出鱈目のふりをする、何も始まりませんよね。言葉を体に響かせる。響かない言葉は信用出来ない。<br />
「イメージの介在出来ない所に体を追いやる。虫にたかられた飢えたアフリカの子、脳の中に蠅がたかるとか」<br />
「目的に飼い慣らされると、体の遠い所を忘れてしまう」<br />
「あるメソッドなどを分析していく、その中に少量の観念が入っていると、そういう所には有機的な物は貫通していきません」<br />
前にも言いましたが日常現実に直面するのは先ず肉体です、その後に観念がやって来ると言いましたが、その前後に感情という物も有ります。これもかなり危険です。災害にあっている最中に悲鳴をあげても絶望しきっても、それは肉体の表れです。感情にひたって踊る事は果たして可能なのか、舞台において感情にひたれるのはお客様だけではと思うのですが。<br />
「普通の舞踏家はすぐカタルシスしてしまう。カタルシスなど下痢する状態で五分で出来る」<br />
ある日踊っている最中に物凄い足音で先生が走って来て「陶酔するんじゃないよー」と怒鳴られ背中を一発激しく叩かれました。<br />
「あまり感動するな、だらしなくなる」<br />
「舞踏は具体的であれ、瞑想するな、陶酔するな、抽象的に成りすぎるな」<br />
「意識的な恣意的な破壊はやめた方が良い、権力に利用される」<br />
　稽古中先生に「横になって」と言われて横になると『何寝てるのよ』と先生ではないですが強く蹴られました。<br />
舞踏家としての体の状態では無く舞台に横になった事への戒めだったのでしょう。踊る際に様々な要素に即座に反応出来る状態とそうで無い状態というのが心身共に有ります。その最も初歩で言えば腰にせよ、膝にせよ肘にせよ指にせよ、特殊な振り以外は関節を伸ばしきりません。伸びきった状態は休憩している状態で、動くなり知覚する為には一度折らなければいけません。他にも体の部分にはそれぞれ名前が有り、分けてとらえられていますが、私は体を一つの固まりと考えています。体を通じの良い状態にしておいて、右首筋に針の痛みを感じた時左太ももの裏あたりが緊張したり、他の場所に痛みを感じた時も必ず何処かに何かがおきます。人は痛い所しか見ませんが、全身を使って感じた時と部分だけの時では見え方も自身の感じ方も明らかに違います。 必死で窓から遠くの取 りにくい物を取ろうとする時、手だけでは無く全身が作動しますよね。これを分かり易く例えれば、まだ歩きだしたばかりの子供が歩くのを補助して付いていく母親の様な関係だと思います。行きたい所へ行けるように、取りたい物が取れるように只々愛し助ける母親、自分を表現する為では無く。静かな体が小指一本の踊りを踊る時、静かな体は何もしていない体では無いのです。舞踏には顔の踊りが有りますが、私達は全身が顔だと思い行います。顔だけでやると直径30センチくらいの円程度の表現で、関係の無い胴体が見えています。上半身だと直径１メーターくらいの表現、何もしていない、あるいは体を支える為だけの下半身が見えます。全身であれば直径身長＋15センチくらいの表現、面積の違い、マイナス分を差し引くとその違いは歴然でしょう。このような事は単に顔の踊りだけの問題では無い事は充分御理解して頂ける事と思います。<br />
　ある日の稽古で必死に動き回る私に、<br />
『何かやっているの？ではそれに関わる状態を言ってみて。知っているのね、でもあなたはそのうちの一つもやっていないのよ、知ってても駄目なのよ。認識した途端に頭から体に余計な事が廻り始めるの。成るというのは成った時に始めて成れるので知る事との隔たりは宇宙大の距離なのよ』<br />
他の稽古で「本当ですか？どうしてそんなに動けるんですか？」<br />
動けなくなった踊り手に「どうして動かないんですか？あなたは人に言われなければ一生動かないんですか？」<br />
その二つの言葉が繰り返され続ける。公演用振り付け稽古で「遅い、5倍の早さで踊りなさい、20倍、もっと早く、100倍のスピード、遅い、出鱈目じゃ無いんですよ、一つ一つ確かにしているんです。」<br />
迷いだらけの様な動きから痙攣の様に成り、揺れ動く草原に捕らえられ、大きな流れに身を奪われていった。<br />
「それに関わっている意思も無くすんだーっ。もぬけの殻になるんですよっ。そう、そこから始めて出発するんです。」<br />
　「オイッ、火の玉、どうした。」　　　『先生、今も溺れています、ひどくゆっくりと。』<br />
<br />
<br />
<br />
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<br />
舞踏馬鹿の独り言　４<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<br />
　なされる体、成る、空っぽの体。<br />
<br />
（「」内は土方先生の言葉です。）<br />
土方先生について語る場が重なると、先生の大きさ深さに直面し、一言一句おろそかに出来ないと思うにつけ、身の震える夜が増えました。<br />
「黙るという事は考える事の暗黒の母親、その暗黒に降りていくのが舞踏」<br />
人に語る事や教える事は自分自身の踊りを悪くする可能性を多く含んでいる事を重々承知していますが、今は正確に凝視すべき時と思い、書き続けさせていただきます。<br />
「芸術家なんてそこいら中に溢れているじゃありませんか、一億総芸術家ですよ、そんな者であろうなんて思いません。ただこの世の歪みの体現者であり続ければ、それだけで良い」<br />
　今回は踊る際に前回記した具体的に体で行う事と共に大事だと思っている事を書かせていただきます。<br />
私は舞踏に対して体自体の動きや形よりも、その体によって回りの空間やその存在が変幻、変形、変質していく事の方が興味が有ります。<br />
それを紡ぎ出していく形や動きが好きです。形や動きが似ていても体から出されてくる物が全く違う、いやむしろ塵一つ体から何も出ていないというような違いを皆さん観客として何度も経験がお有りでしょう。<br />
その原因の一つとして、私達が先ず要請されたのは、自分で動くのでは無く、何物かによって必然性を持って動かされるという事が絶対です。<br />
「舞踏は歩くのでは無く押し出される」<br />
先ず歩こうと思うのでは無く、様々な必然性によって思わず歩く。意識的な動きはその作為が見えるだけで同じ存在の繰り返しにすぎませんが、なされる動きはそこで起きた事が感じられます。<br />
（具体的に分からなくても体に響きます）更に体の内外からなしてくる物の変容する空間もその体、存在になるのです。動かされるからといって何でも動きが遅くなるのは想定してから動くからです。また動きに意味無く溜めを入れるに至っては、怠惰な体（私的には心根）とそっぽを向かれたでしょう。雷が大木にゆっくり落ちるとか、気がついてから落ちるなどという事は有り得ません。それは瞬間ですから。技術的には準備が出来た体に落とすと必ず失敗します。準備が出来ていない体に突然落ちてこなければ上手くはいきません。<br />
しかし、その後に裂けて燃え上がる拡張した身体が倒れるに至るまでには、その必然性が起きるまで燃焼による体の変質を受け続けなければ「へーっ、そんなに簡単に倒れられるんですかねーっ、色々有るでしょう、本当ですか、一つ一つちゃんとやったんですか」という声が飛んでくる。暴れたりすぐ倒れるのは、イメージで踊るか興奮だけか体がきついので早く終わらせたいかです。正確には行われていない、実は一切何もしていなかったという事です。<br />
極端な例を出しましたが、なすという事は既になされているという事。扉一つ開けるにしても、体の扉が開かれる様に開いていく。抱くという事は既に抱きしめられている様に抱きしめる。花を見つめると花に見つめられていて既に自分自身が花になっている。願った時には願われていて、その先には救済を願わない姿が救済者に成っているという事も起こりえます。<br />
「人間は一人ぼっちにはなれないんです」<br />
　こうした事への関わり方として私達に求められたのは成るという行為です、何物かに成る。例えばライオンに成れと言われたら必死にライオンに成ろうとします。成れるのか？そんな事を考えてしまったらもう成れません。泳げない人間が断崖の上から海に飛び込む、それしか方法は無いのです。全く分からない事に体を投げ出し全力で飛び込む、こうした習慣を身に付ける。じゃお客様はライオンに見えているのか？人間ですよね。しかし、人間の輪郭はとうにはみ出た存在の形が変わります。材質、生命状態が変わります。更にそれに関わる空間が変質します。<br />
先生が踊る時、風景が現出すると言われた所以の一つだと思います。（空間の問題は後日更に詳しく書ければと思います）<br />
「砂漠に一人さ迷う倒れそうな男をそのまま切り取って舞台に乗せるんです、そうすると舞台は砂漠に成るんですよ」<br />
　そして、空っぽの体に成る。先生の稽古では寸法の歩行という舞踏譜が有り、これが空っぽの体に成る為の稽古としてよく使われていました。<br />
「舞踏の稽古は歩行に始まり歩行で終わるんです」とおっしゃっていましたが、ある日気がつきました。全ての稽古は空っぽの体に成る為の稽古ではないのかと。逆に返すと空っぽの体に成らなければ私の知っている舞踏は一切踊れない。<br />
「舞踏する器は舞踏を招き入れる器でもある。どちらにせよその器は絶えず空っぽの状態を保持していなければならない」<br />
踊り手にとって体はキャンパスです。キャンパス自体が色の付着を拒否、抵抗、指示するようでは何も始まりません。<br />
「空に成った時感覚が鋭敏に成る」<br />
体（器）が空に成りきって始めて様々な要素が体に入れられ、体の変容がなされます。<br />
「器に物を入れるのでは無く、内容が満たされて溢れ出て表面張力で形が出来る」<br />
形の持続とはものの３秒も持ちません。消えていくんです。どうしたら良いのか、絶えず発生させ続けなければいけません。<br />
「消える物が存在し、見える物は虚像」<br />
消える形が持続、変容、あるいは他の物に成っていく。<br />
「舞踏は空っぽの絶えざる入れ替えである」<br />
空っぽの体に成るという事は、何も考えないと念じたり、そう成った自分をイメージしたり、全てを放棄しようとする体ではありません。意識とそれに飼い慣らされた体との関係を変える事です。具体的には体の知覚を開く事。<br />
「舞踏とは、集中では無く、拡散された集中力を持続せよ」<br />
「私は器が好きです、最高に聞き上手だから」　<br />
　空っぽに成った体は意識が無くなるのでは無く、体の外から自分自身を見つめている様な関わり方になります。これを俯瞰した目と呼んでいます。そう成ったなら。<br />
「自分を外から客観視し、ぼんやり回してみたり、こっちの方に行ってみた方が良いんじゃないんですかと囁いてみたり、自分を舞台に花の様に活けてみる。振付家の目ですよね。でもしだいにその目が遠くなってくる、お客さんの目です。あの踊り手さん面白いですよねと言ってみたりする。また遠くなり、踊り手はもう見ずお客さんの背中を見ている。演出家の目ですよね。でもそうした演出家の背中を見ているもう一つの目が有る。何なんでしょうね、それはもしかしたら、神の目かもしれない。」　<br />
<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />
<br />
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　　　　　　　舞踏馬鹿の独り言　５<br />
<br />
　　　分からない物を形作る。<br />
<br />
（「」内は土方先生の言葉です。） 　<br />
こうして言葉を連ねてきていますが、言葉という物の怖さを痛感します。果たして私が伝えようとしている事がどれだけ伝えられているのか、一つの言葉は玉虫色の様に人様々に受けとめられていくでしょう。それは色々な表現行為と同じで、何の問題もありません。そうした行為の繰り返しによって、あるたった一つの場、体の有り様、存在の有り様を、様々な方向から出会って頂く事によって気づいていただければというのが私の望みなのです。私とて一介の未熟な修行者にすぎませんから。ただ私が一番恐れているのは『分かりました』という言葉を返される事です。<br />
　私がまだ以前の舞踏団に所属している時、もう一人の同僚と、ある新メンバーを何日間もかけて一つの状態を作る為に稽古をつけていました。<br />
ある日突然彼女が輝く様な顔で『私分かりました、やっと分かったんです』と言ったのです。パートナーが私に言いました。『彼女分かったと思う？私駄目だと思う、分かった人間が分かったなんて言わないと思う』<br />
私はといえば、この何日間かの稽古が音を立てて崩壊していく様を見る思いでした。<br />
また一から別の方法で積み上げなければならない。何が彼女に『分かった』と言わせたのか、繰り返される駄目だしの連続に安心が欲しかったのか、舞踏を行うに際し、安心などという物が介在する余地など塵程にも無いのですが。頭で理解する事と体で理解する事の違い、これは真逆なのです、むしろ敵と言っても過言ではありません。新たな命を次から次へと命名し、その命を牢に封じ込め、形骸だけを従属化させ続ける生き方への反旗、それが舞踏なのだと思います。<br />
　別の日にある状態の稽古をチーム全員でやっていました。たまたま私だけが、その状態を以前から出来ていましたが、その日の稽古が皆うまくいきません。第二の師匠が『どうやったら出来るか、皆んなに説明しなさい。あなたは何をどうやっているの？』と聞かれた時、既に必要なテキストも動きも出し尽くされ、材料は私も同じなのです。そこから醸し出される掴もうとしたら消えてしまいそうな訳の分からない物との体の関わり合いを説明できず『分かりません』と答えました。怒られるとばかり思っていましたが第二の師匠は笑い『そうよね、出来る時は出来て当たり前だから分からないのよ、出来なくなった時、始めて何を失ったか分かるのよ』<br />
分かっても出来ないという事です。分かろうとする事を諦めた時、始めてやっと全身に蕾みが花開く様に目が開き始めるという事も有りますよね。<br />
　今回分かるという事に固執して書いたのは、言葉とは理解する行為に直結しやすい物である事、自分の一番分かりやすい理解の仕方に跳びつき、途端にラップして項目化してしまうと、本来まだまだ見えてくるはずの物が見えなくなる事への危惧もありますし、こうした事が舞踏の立ち方に反する行為だからです。<br />
　先生の話を直に聞いた人達の多くが『先生の話はもの凄く分かりやすい、素晴らしい話を沢山聞かせて頂いたと思う。しかし帰り道に、いったい今日何を聞いたのか全くわからない自分に気付くんです。しかし体だけが何か夢の中をさ迷う様な不思議な状態に成っていて、非道い時はそれが何日間も続くんです』先生の文章の言葉は大変魅惑的です。しかし、これを納得しようとして読むと、形骸化した偏った解釈になり、間違った道を歩みかねないという事を強く申し上げておきます。むしろ体の中を透す様に読んだ方が良いのではと思います。<br />
　「私の所に最近来る奴は納得する奴と反省する奴ばっかりだ、『分かります、分かります。そうなんですよねー、よーく分かります。』そういう奴は信用しませんねーっ。『駄目なんです、駄目なんです、そいう所が私駄目なんです。』って、本当に駄目なんだよ。お前は何を持って行っても、面白い面白いって喜ぶ、こんな物でも大丈夫かなーって持って行っても、面白いって喜ぶ、だから良いんだよ。」<br />
　先生のテキストからカオス（曖昧）についての言葉を幾つか書いてみます。<br />
(A)「今日のテーマはカオス（曖昧）。踊りの究極はカオスです（一般の踊り）。でも、カオスを神の様にありがたがったりしない方が良い。遥か彼方とは此方（こなた）ではないか。宇宙で一番遠いのは自分だ。危機をこちらへ引きずり込むよう要請する。今は永遠に来ないのを待つのが流行っている、来ないのなら首根っこ掴まえて連れてこい。カオスは自分の側、要請する側の問題なのだ。私達の生きている根源とは存在している事なのじゃないか。すぐ人のせいにする、他の何かに頼りたがる。存在の根源は存在そのものだ。曖昧な蒙昧な人間の行為に考えが及ばなければならない」<br />
(B)「カオスに捕われすぎるな。狂気をびっちり詰めれば正気に成る、正気をびっちり詰めれば狂気に成る。あぶれ出さない様に、如何に梱包管理するかが大事。カオスに浸りすぎてて良いのか、むしろ曖昧である事に苛立つ様に接した方が良い。アオミドロは奈落的ですね、爛れドロドロして掬いようの無い姿をしている、人間も根源的な方に行くとそうした物を持っている、次第に何も無いという方に引きずられていく。妄想体。妄想は正気と紙一重なのだ。これはカオスの発展の事を言ってるんですよ。」<br />
(C)「曖昧さをしっかり包囲しなければならない、曖昧なままではいけない、ダラダラと時間ばっかりたってしまう。はっきりするというのでは無く、曖昧さを言葉に出来なくとも把握しているという事。曖昧でしょうがない時、自分で壊した方が良い、足でドーンと踏み、その音の中に溶け込む。」<br />
(D)「割り切れない物が面白い。最初から訳の分からない物を目的としてはおかしい、今の舞踏ですね。普通の踊りは統一出来ない物を統一している、割り切れた物は見ている人も面白くない、だから体が自己目的化していない人が良い、赤子とか失恋した人など。ところがいつの間にか、訳の分からないという事が目的化してしまった」<br />
(E)「もう一つの時間、分かりにくい、曖昧な辺境ギリギリを歩く」<br />
(F)「私達は分からない所から生まれている、永遠は体内に有る。偶然という必然に頼ったり忘れた振りをしたり（今の舞踏）では駄目じゃないのか」<br />
<br />
先生のカオス（曖昧）を現前化する為の緻密で丁寧な作業を少しでもご理解頂けたらと思います。<br />
　最後に稽古の話をもう一つ。先生の振り付け作業は「どちらかが死なないと（相手に）形がのりうつらない」と言われましたが、第二の師匠が先生に振り付けられ始められた頃、あまりにも難解な言葉が矢継ぎ早に浴びせかけられ、ついに『分かりません』と答えたそうです。<br />
すると先生が「私が必死でこの訳の分からない物と格闘して、その姿を生み出そうとしているのに、媒体であるお前が分からないと言ってしまったら、何も出来上がらないじゃないか」と怒ったそうです。<br />
それ以来、第二の師匠は二度と先生の前で分からないという言葉は使わなかったそうです。この話を聞いた時、何か神聖な物に心洗われる思いがしました。<br />
　<br />
<br />
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    <dc:date>2012-12-19T01:17:39+09:00</dc:date>
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    <title>宮沢賢治フェスティバルの為に</title>
    <description>舞踏を３０年、演劇にも６年程関わらせていただきましたが、
私達は現在舞台作品を作るにせよ、ワークショップを行うにせよ、
その舞踏や演劇など他のジャンルにせよその技術を使う事は有益であれば使うべきですが、
その様式に縛られるのではなく、
まず舞台表現であるという地平から立ち上げなければ、
何...</description>
    <content:encoded><![CDATA[舞踏を３０年、演劇にも６年程関わらせていただきましたが、<br />
私達は現在舞台作品を作るにせよ、ワークショップを行うにせよ、<br />
その舞踏や演劇など他のジャンルにせよその技術を使う事は有益であれば使うべきですが、<br />
その様式に縛られるのではなく、<br />
まず舞台表現であるという地平から立ち上げなければ、<br />
何も生み出されないのではと思っています。<br />
そうした物はお客様への思いに対する表現のストッパーになりかねないからです。<br />
演者の体には既に生きてきた歴史が有り、お客様にも生きてきた体が有り、<br />
その共同作業によりドラマが舞台に始めて生み出される。<br />
生きる為の呼吸が呼応しあい、新しい世界が始めて現前化し拡がっていく。<br />
宮沢賢治の言う「宇宙意思というようなものが有って、あらゆる生物を本当の幸福にもたらしたいと考えているもの」<br />
に皆が抱かれる瞬間が劇場にひと時でもあれればと真に願います。<br />
現在災害不況に喘ぐ世界ですが、<br />
人にはもともと死を前提とした生きる為の様々な葛藤を抱えなければなりません。<br />
死に対する生、苦痛悲しみに対する安らぎ喜び、<br />
その負の要素ばかりを見るのでは無く、その対極の要素を融合させ抱え込み<br />
新しく生きる為の勇気を生み出す力を与えられるのが表現だと思います。<br />
作業としてはたんなる即興や混沌を目的とするのではなく、<br />
賢治が行なった詩や文学作品のシーン言語存在の在り方などを一度解体し、<br />
現在の私達にとってより必然性の在る切実な再構築が要求される事となるでしょう。<br />
様々なシーンのコラージュにより繊細であり、スリリングな展開も可能と思います。<br />
意味のつじつまより世界観のつじつまをより重要視したいのです。<br />
言葉の問題においても、<br />
演劇における滑舌の良さによる意味の伝達よりも言霊の重視、<br />
それは音声による言語であるより肉体言語として、<br />
肉体のたたずまいとして伝わる言語性、あるいは肉体の状況における素材性から発せられる音声<br />
肉体から肉体への強い共鳴共振を望むが故です。<br />
賢治の望む宇宙意思の中、<br />
命の芽吹きをそっと包み込める器を作り<br />
ひとにぎりでもお客様に持って帰っていただける喜びを添える事が出来たのなら。<br />
ただただそれが私達の願いです。<br />
舞台表現者としてドラマ性は存在するという信念のもと<br />
あえて演劇枠に申し込ませていただきました。<br />
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    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2012-12-19T00:58:43+09:00</dc:date>
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