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正朔ー舞踏 SEISAKU-BUTOH DANCE

舞踏馬鹿の独り言

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舞踏馬鹿の独り言 Ⅵ

舞踏馬鹿の独り言 Ⅵ 
                          正朔
 土方先生と初めて呑んだ日の思い出 Ⅰ 
                           (「」内は 土方先生の言葉です。)
 この連載も今回でちょうど一年になります。この連載の依頼を秦さん から頂いた時、私は単なる思い出話にはしたくない事、又記号の羅列に もしたくない事を伝え、了承を頂き書き始めました。土方先生の唱える舞踏に触れて頂く機会の未熟ながら一つにして頂けたらと切に願ったからです。しかし今回体調を崩しており、テーマに即した文章を書き上げ る自信が無く、あえて思い出話をさせて頂きます。
 私が土方先生に出会ったのは84年の講習会でした。私はまだ美容業を営み福島に在住しており、講習会の度に東京の友人宅を泊まり歩 き、アスベスト館まで通うわけですが、毎日館に辿り着くまでが何か言い難く恐ろしく、それは参加者の皆も同じだったのでしょう、館の中には一言も声を出してはいけないような、見えない糸の緊張が張り巡らされ薄闇の中、ただ土方先生の見開かれた視線だけが光っていました。様々な語りや又一振りの仕草で、私達は深い森を彷徨い、ボイラー室を巡り、病院に辿り着き、天空と地獄の間を瞬時にして移り変え続けさせられました。又超然と完璧なまでの発生モデルと化した、第二の師匠、人の体はここまでできるのかという驚きの連続でした。講座の終わりは 即興で踊ります、自爆しそうな程の羞恥、本当は誰にも見せまいと思い続けていた傷口を見せてしまい、誰にも絶対話すまいと思っていた事を話してしまう。土方先生の声は不思議でした。講演にしろ宴席にしろ多くの人達の中で自分にだけ話しかけているように思えるのです。気付けば他の人達も同様に感じていたようでした。だからといってその踏み込み方が決して浅い訳では無く、土方先生は何時どの様な場に於いても踊っていたんだなと思います。 
 私が初めて参加した講習会の最終日に打ち上げが有りました。受講生だけで30人はいたのではないでしょうか、もしかしたら先生と直に一言でも話す事ができるかもしれないというときめきと、講習会は二度とやらないと先生は言っていたので、もうこの素晴らしい人とこうして直に会える事は無いのだろうという寂しさを秘めながら片隅に潜みました。いくつもの円陣が組まれその中を先生は座を盛り上げてはフッと席を移り、又盛り上げてはフッと席を移り続けていました。今思えば先生はその日の人間達から様々な事を採集していたのだと思います。後に「私はね、最高に聞き上手になりたいんです。頷くだけで延々人に話し続けさせられる、そういうふうになりたいんです。お婆さんは笑って頷くだけで人の話を誘い出すでしょう。お婆さんが私の師匠なんですよ。」
 座は盛り上がり、突然先生が立ち上がり「誰か裸になれーっ、裸になって踊れーっ。」と叫びました。今思えば研究生の女の子に言ったのでしょう。無知な私はその声に誰も答えず、その投げ出された声の放物線が地に落ちてしまう瞬間が恐ろしくその寸前に上着を脱いで立っていました。歓声が上がり、先生が振り返り「いや違うんだ違うんだ」と困った様に私の両肩を叩いて、又誰かを捜す様に他を向きました。でも投げ出してしまった体を引っ込める事は出来ず全裸になり、かといってまともに踊った事の無い私は大声を出し飛び上がっては床に体を打ち続け転がりまわっては又打ち続ける連続でした。しかし座は盛り上がり研究生の女の子達がみんなを誘い出し楽しそうに踊っている中こそこそと服を着て元の席に戻ると、五井さんが喜んで迎えてくれ『良かった、今のは良かった』と言ってくれました。後年亡くなる一年程前に『あの時の踊りは良かったなー、どうやるとああいう踊りが出来るんだ』という問いに答えられないでいると『踊りを知らなかったから踊れたんだよなーっ』と言ってくれました。
 その後、酒量も増えれば、荒ぶる者も出はしましたが酒宴は二階に移り長く続きました。私は体調が悪く一人隣の広間で先に寝ました。薄い眠りの中、何か尋常では無い恐ろしく重い気配の固まりを感じました。恐る恐る目を開くと10センチ前に大きく目を見開いた先生の顔が有りました。全身が震え『先生、やめてください、やめてください』と叫ぶと嬉しそうに笑いながら、闇の中に跳ねる様に吸い込まれていきました。混乱しながらも又睡魔の中に落ちて暫くすると、今度は普通に寝ていたはずの私の両手がお地蔵さんの様に胸元に合わされていて、その両外から二つの手が真綿の様にフワーッフワーッと包み続けています。また目を開くと、顔の10センチ前で先生が嬉しそうに笑っていて『先生、許して下さい』と布団に突っ伏すと、又嬉しそうに振り返り見ながら闇の中に溶けていきました。後日早めに寝てしまう者がいると、暫くして全員で寝顔を見に連れていかれ、「ほーらね、人間は眠ると赤ちゃんの顔に戻るんですよ」と先生に言われ全員で凝視していると『やめてくれー』と暴れだす友人を見たのは楽しい思い出です。明け方隣の部屋から言葉のはっきりした大声の寝言で目を覚ましました。それはまるで雪に巻かれる亡者の様な恐ろしい声でした。見回すと10人位の者が回りで寝ています。先生の起き上がる気配がして「誰かいないかーっ」と呼ぶ声がしますが誰もピクリともしません。その恐ろしい存在が扉の向こうについに立ち上がったのが分かりました。私は怖い物見たさで扉を薄目を開けて見ていると一気に扉がダーンと開かれ、信じられないのですがこれはけして誇張ではありません、その扉から先生の両手両足の隙間を通し、一気に雪を含んだ荒れた強い風が吹き込んでくるのが見えたんです。「あいつはいないか、あいつはいないか」と呟きながら一人一人布団を剥いで顔を見ます。「いない、いない」誰一人それでも反応しません。「あいつはいないか、あいつはいないか」又一人又一人、布団を剥がされ顔を見られています。「いない、いない」ついに一番奥の私の所に近づいて来ます、私は目を閉じ身を硬くしただひたすら神仏を拝む思いでした。すると突然風が止んだ様な静けさが訪れ、体の力をゆっくりゆるめると、突然顔の両脇に鉄槌が下された様な大音響が起き、恐る恐る目を開くと、顔の両脇に先生の両腕が突き立てられていて、私の顔の30センチ前に大きく目を見開いた先生の顔が在り怪物が笑う様に「いたーっ」と競り寄って来たのです。私は完全に体が硬直してしまいましたが、先生は嬉しそうに笑い突然何事も無かった様
にパッと立ち、「朝いつまでもダラダラ寝てるもんじゃありませんよっ、パッと起きましょうパッと、ハイッ軍隊式にパッと起きましょう」みんな魔法を解かれた様に飛び起き、布団を片付け朝食の準備となりました。


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