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正朔ー舞踏 SEISAKU-BUTOH DANCE

舞踏馬鹿の独り言

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顔の事【吸い間9チラシ用文章】

顔だけの表現という事は、
私には存在しません。
やったところでたかが知れています。
もちろん気持ちなど何の関係もありません。
邪魔するだけですから、
白紙や空っぽの体にならなければ
始められないのですから。
体というのは呼び名で分けられていますが、
複雑に絡み合い繋がり伝達しあう
一つの固まりです。
体の中からの分岐、分裂、部分や全体を消す作業、
更に誕生させる作業など有りますが、
それは遥かに先の話で、
まず体という一つの固まりとして
立てるかどうかが問題です。
顔の筋肉一本の動きは
足の裏や背中、内臓など
体の何処かの場所との連動によって引き起こされるのであり、
顔というのは一般に言う
首から先では無く、
体全体が顔なのです。
顔の表情とは体の表情であり、
顔の筋肉だけを動かして作られるものでは無く、
体中から現れ出されるものなんです。
更にその体を誘発する為に
体を開き拡張し、
空間に内臓をぶら下げ、更に変質し、
空間に流され粉化し、巨大化していったり、
背後に吸引された石壁のざらつきの中に埋め込まれたり、
悲鳴の中に失神して結晶化したり、
わざわざ顔を変にしてみようなどという
悠長な暇は無いんです。
舞踏の動きとは、
深刻にゆっくり、
何か立派な事を考えながら動いているとか、
気持ち悪い顔とか変な動きを
これでもかとするものとか
思われるのは屈辱です。
舞踏の動きとは忙しいものです。
余裕の無い力技なのです。

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