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正朔ー舞踏 SEISAKU-BUTOH DANCE

舞踏馬鹿の独り言

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2008年 兄貴が死にました

昨日ビックサイトで仕事をしていると、
前日も会っていたのでいるかもしれないと、
広い会場の中を捜してくれたのかもしれません、
顔を硬くした古沢宅さんが
「五井輝が死んだって知ってるか」と言われ
「五井さんって、あの五井さんですか、えっ死んだって
私凄く世話になってるんです、凄く世話になってるんです。」
心の中で兄貴なんですと言った。
奥さんに電話をした、
とても電話で長く語るのも申し訳ない様な声で
改めて伺う事をお願いした。
土方親父と初めてワークショップの打ち上げで話をした時
隣でずっとその前から話をしていたのが五井兄貴だった
先生が誰か踊れと言って、飛び出していった踊ったことも無い私の踊りを
兄貴は良かった良かったと迎えてくれた、
二十年以上たってから、
あの時の踊りは俺の生涯で見た三本に入る、
踊りを知らなかったから踊れたんだよなと
踊りを知ってしまった俺に笑って言った。
先生と無口な兄貴と何度か酒を飲みながら席を共にさせていただいた時間嬉しかったです。
マリオンの舞踏フェスの時
誰かが五井さんどうなんでしょうって言った時
先生が窓から遠くを眺め
あいつは大丈夫、やります、やりますよ、
と言っていた、熱い信頼を感じました、
先生の死後白桃房に十年在籍し退団した後五年たち
もうこれ以上舞踏から離れたら帰ってこれないと思った時、
五井さんの大道具の仕事が回ってきました、
ご無沙汰していますと言うと「おうっ」っと昔のままに話はじめてくれ
「私また踊ります」と素直に言えました、
去年五井さんの先生の藤井公さんの記念公演で五井さんが演出して
私は大道具で入っていました、
五井さんは銅でできた重い球体を地球を担ぎ上げる神の様にして出て行きます、
バランスを計るため自分で持ち上げなければいけないといっていました、
しかし、本番で持ち上げた時腰を悪くし私に「うおーい」と呼びかけ
私は一緒に持ち体勢を整え袖から出しました、
無事に帰って来てくださいと願いました、
大ホールを渡っていき地球を降ろしセンターで踊ります
また持ち上げます知っている私達には腰がいっているのが分かります、
五井さん十歩歩いてくださいそうしたら私が飛び出します、
五歩で止まりました長い沈黙です、五井さん五井さん頑張って、
でもこれは腰なんか関係なくてモダンの客に舞踏を見せているので
私の大きな勘違いで舞踏における大歩行者を渡っているんだ、
五井さんが再び歩き始めます、五井さん後三歩二歩
客に見切れたかもしれないその瞬間に飛び出しました、
五井さんの亡くなった10日何も知らず
久しぶりに先生の夢を見ました、
いつも先生は語りかけてくれるのにその日は何も語ってはくれず
田舎のポカポカ日の当たる道を赤いミニのワンピースを着た先生と
もう一人の髪がくしゃくしゃのロン毛で頭頂の髪の薄い中年の男性が
楽しそうに話ながらずっと歩いていました、
あの人は誰なんだろうとずっと考えて終わった夢でした、
たんなる私の夢かもしれません、
でもきっと二人は仲良く話しているんでしょうね、
金曜踊りますがその最初の踊り
兄貴の為踊ります。

5月16日(金)7:30pm 開演 2000円 神田楽道庵にて。

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2007年 海外公演用文章「「舞踏とは」

舞踏とはなんですか?
舞踏とは一つのダンススタイルでは無く、生き方の提示です、
様々な事象知識などに人が触れた時、
分析 理解 分類 記録 必要により再現への訓練 応用への訓練
というそれらの管理へのシステムが個人の中でより正確に作動される事を世のより良い常識とされている、
はたしてそうなのか?
管理されやすい道具としてある為に押し付けられた在り方なのではないのか
組織から国家から思想宗教 あらゆる搾取しようとする者達から
人は生まれながら生きるという事を剥奪され、
それに気づかず死に至る事を強制されている、
 この事をそれぞれ個人の心が理解し心根を変えれば良いのか
違います
このシステムは個人の在り方にも浸透しているのです
頭脳 心 という管理者が体という下僕を支配しようとするのです
そこから引っ繰り返す
それが舞踏の入り口です、自らが生きるという最初の一歩なんです。
訓練する事によりだんだん得られる物では無く
理解する事で修得できる物でも無く、
むしろ分析理解による修得をめざしたなら永久に逆の方向へ向かうだけです、
混沌 不条理 不安が渦巻く空間にそっと体を置いてみるんです、
そこで囁く体の声を聞いてみる
空間と語り合っている声 体どうしで語り合う声 体の中の闇と語り合う声 見えない物と語り合う声
動こうとせずともとっくに動いている、体以外の物も動いている
何かをなそうとした時にはとっくになされているそういう体の在り方が舞踏の在り方です。
 表現を行おうとする体は表現しようとする者の体が見えるだけです、
その形や動きによる記号的な情報の伝達は行はれるでしょうが、
本来体の持つ表現とはもっと大きく普遍的なものです。
むしろ表現などに関心のない体がより表現するのです、
なぜなら彼らは本当に今生きている事に忙しいのですから。
肉体的に異変が起きそれが様々に変化している人がいたとします、
それを痛い、痒い、熱い、と頭脳は理解しだします、
やがて心が悲しい、苦しい、と思い出します、
この順序は絶対なんです、逆転するとしたらそれは心の病などの特殊な例でしょう、
舞台に立つ表現者が感情やコンセプトから表現をまず立ち上げようとするのは本末転倒なんです、
空間を含んだ体の在り方から始まらなければならないし、
それから初めて様々な意味や感情が生まれて来ますが
それを味わうのはたいがいお客様や空間でありであり、表現者がそこに住み着く余裕など合ってはいけないのです、
それらを追い込んだり立ち上げる事があっても、
振り付けにより百回同じ踊りを踊ってもそこに生み出されて来る物は一度として特定できるものではありません。
 全体的な話が続きましたがでは具体的にどうしたら良いのか、
 具体的に舞踏の潜む場を探し出しじっと凝視しその中に入っていくのです、
それらは日常の生活の中にも多く潜んでいます、イメージや抽象的な物に行ってはいけません、
分かりきった形や動きの間の部分や背後に潜む物を体に入れて持ち帰りじっくり嘗め回してみる、
煙や闇を振りかけてみる、外に雨ざらしにして放っておき、それが朝日で乾いていく、そんな衣装を羽織って漂ってみる。
 見えない物を見る、例えば風、壁を立てそこに追い込んでやればつむじ風が起き砂や葉っぱが舞い上がる、
煙の中を通してやれば煙が階段状に立ち上がりそこに番号をふってみる、番号が大事なんでは無くその間が大事だから、暖簾が揺れ、
新聞紙や羽毛が天高く舞い上げられ、それを受けるように鳥が飛んでる。
 こんな事を繰り返していると体がほぐれてきて、私の体という知覚も無くなり風景そのものになってしまっていく。
 舞踏とは体を明け渡し流れ続けるこの世の存在そのものに成る事です。

2007年 「技術の事」

技術は結果として
後からついてくる物だと思っています、
まずは動機や欲望が先行しますよね
ただ技術先行の表現を見せるとしたら
相当大きな動機を潜ませていなかったら
形の羅列になってしまうし
自惚れた勘違いに捕まってしまう、
かといって、
技術自体を否定したがる人がいますが
所詮技術に心が拘束されているという事で
技術一辺倒の人となんら変わらず
表現に最も遠い人だと思っています、
上達という物が有ったとして
次の表現の機会には
それをゼロの座標軸にしなければ
マイナスの表現になります
又上達したとして
またゼロの座標軸に
上達という事は自分を
より苦境に導く物と思えてしまいますが
表現という下り坂を転げ出したからには
しょうがありませんよね、
ライクアローリングストーン
ですよね、
先達達はそうしているうちに
自由になるんだと言いますが、
私には夢物語、
山登りの様にただ一歩一歩歩くだけ
いつか振り返って
随分遠くまで来たなーって
思える日が来たら
それが私の夢です。

2008年  「金蘭荘」立教大学様チラシ文章

舞踏とは愛です、愛とは?見る事です、どの目で?この目というより存在そのもので、見るとは?気まぐれな動物や虫、幼児などがふと何物かに興味を持った時、魂が吸い取られたように見つめていますね、まるで物質化したように、心を奪われるとも言いますが、舞踏的には肉体を攫われると言います。私達出演者はご来場下さった皆様を見続けます、思いのたけを渡す為に、何を?あまりにも分かり切った事を、でも伝えようと言語化しようとした瞬間全く分からなくなってしまう事を、この世に存在する者の無垢な一つの現れとして。

2008年 「剥製の初夜」チラシ用文章

「暗黒暗黒って言うけどね、
闇にも光や艶が有るんですよ、
形はね、
消えていくからこそ
形が見えてくるんで、
見えてる物は
既に虚像なんですよ。」
(土方巽)
降り積もる雪が舞い上がる瞬間、
そのわずかな剃刀の切り口にも似た
一瞬の隙間の中で
対極の同志が風に巻かれ
交錯していく。

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